第479話 あなたは、職人なのです
「それに雨妹、あの様子では本当に言いたいことが、リフィ殿に伝わっていないのではないか?」
雨妹が指摘を受けてリフィを見ると、彼女の表情に戸惑いしか浮かんでいない。
雨妹とリフィの気持ちの熱量が違い過ぎて、受け止め切れていないのだろう。
――いけない、独りよがりになるところだったよ。
雨妹は気持を鎮め、改めてリフィに向き直る。
「リフィさんの美味しい奶茶は、当然のものなんかじゃありません。
リフィさんの努力が詰まっているから、美味しい味に仕上がるのです」
リフィのお茶が美味しいことは、
けれどリフィのこの態度ということは、沈がお茶についてリフィを適切に褒めていないのだろう。
それに、これまでリフィが淹れてきたお茶を飲んだ者たちも同様だ。
あのジャヤンタとて、リフィのお茶を飲んだことがあるだろうに。
――常に一級品に囲まれている人は、そういうところがダメダメなんだ!
誰かの技術が優れていることに鈍感な人は、こうして優れた技術を消耗させ、失わせてしまうのかもしれない。
だからリフィは「美味しい」というものの価値を落とさないために、自分がどれだけ特訓して奶茶を淹れる技術を会得したのか、ちゃんと説明して、美味しい奶茶にどれだけの手間暇がかかっているのかを知らしめるべきだ。
そして、お茶を淹れる職人として大事にされるべき人だ。
「百花宮では、お茶を淹れる達人は敬われるのですよ?
もしリフィさんが百花宮で奶茶を振舞えば、途端に皆の尊敬を独り占めしてしまうことでしょうに」
雨妹はお茶を淹れるのが特に上手いと思う人たちを思い浮かべながら、このように述べた。
「そうだな、宮城であっても一目置かれようとする皆が、手に入れたがる技術でもある」
すると立勇も言葉を添える。
お茶淹れの技術が上等であると、その者は貴人を持て成す場に呼ばれる機会を得られる。
そこで様々な貴人と顔を繋ぎ、出世に繋がる道を得られることがあるのだから、それは誰もが焦がれる技術だろう。
このやりとりを、リフィはしばし茫然と聞いていたのだが。
「ふふっ」
堪えきれないというように、小さく笑みを漏らした。
「美味しいという感想はこれまでだって聞いてきたけれど、そんな風に美味しいことを懸命に説得されたのは初めてです」
このように述べるリフィは、表情から力みが抜けたように雨妹は感じた。
「雨妹、あなたの話す『美味しい』は、これまで言われたどの『美味しい』とも、熱量が違うのですね」
そしてリフィにそう言われ、雨妹は「そりゃあもう」と大きく頷く。
「美味しいことは、人生ですから!」
胸を張って断言した雨妹は、しかし背後から小突かれた。
「いい教訓みたいに話すな、単なる食いしん坊だろうが」
「ふふっ!」
立勇の突っ込みに、リフィがまた笑う。
「今まで『美味しい』とは、単なる儀礼的な言葉としか聞こえていなかったのですけれど。
これからは、ちゃんと耳を澄ませて、表情を見てみることにしようかしら?」
「そうですよ、そうすれば頂く方も頂かれる方も、幸せです」
雨妹も笑みを浮かべて、そう告げる。
それからリフィは「他の皆さんにも」といってバクラヴァの皿をもう一つ出した。
「バクラヴァは、酒のお供にも良いのです」
これを聞いて、雨妹は「へぇ」と意外に思う。
前世では、日本だと酒のつまみというと塩味系のものが好まれていた。
しかしそういえば、他国では案外甘味も酒のつまみに好まれると聞いたことがある。
「ありがとう、皆喜ぶと思う」
友仁が代表して礼を述べると、リフィは離宮を去って行った。
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