第476話 押せ押せの友仁
ところでリフィのこの崔の礼儀作法とて、沈と出会って以降に身に着けたもののはずだ。
それなのに自然な仕草でこなしてみせるあたりは、やはり姫として教育された下地があるからなのだろう。
優雅さというのは、付け焼刃では身につかないのだということを、普段「動きが雑だ」と
――努力の人なのは、間違いなし。
雨妹は心の中にそう書き留める。
なにはともあれ、こうして挨拶を交わしたところで、
「雨妹も一緒にお茶をする約束だから、リフィも一緒にお茶をしよう、ね?」
お茶の席へ同席するように求めた友仁に、リフィは困った顔になる。
「そのようなことは……」
やんわりと断ろうとするリフィであったが。
「ね、お茶を一緒にしよう?」
友仁がもう一度言って、引かない態度である。
意外な押し強さはやはり皇子なのだなと、雨妹は感心してしまう。
この友仁からの圧力に、やがてリフィは負けたらしい。
「わかりました、ご一緒させてくださいな」
リフィが苦笑しつつ了承したところで、雨妹と友仁が席に付き、
するとリフィが卓に置いてあった瓶を手に取って掲げた。
「より美味しいものを淹れて差し上げたく、新鮮な乳を用意いたしました。
新鮮な乳で淹れる奶茶は、特に美味しいのですよ」
そう言って瓶の中身を見せてくれたので、雨妹は友仁と一緒にその中を覗く。
――甘い乳の香りだ。
今世ではめったに嗅げるものではない香りに、雨妹はうっとりとした気分になる。
「質の良い乳だね」
背後の胡霜が、そう呟く声が聞こえた。
こうして新鮮な乳が手に入るということは、敷地内のどこかに畜舎があるのかもしれない。
そしてさらに、リフィは卓に置いてある皿に被せた布を取ってみせた。
「奶茶に合う軽食もご用意いたしました、料理長の力作ですよ」
皿に盛られているのは、香ばしい匂いの菓子だった。
薄い生地が重ねられている中に木の実などが詰められていて、上から甘いシロップがかけてあるものだ。
手でつまめる程の大きさに切り分けられており、焼き上がってからそう時間が経っていないのだろうと思われた。
――パイ菓子っぽいな。
そう思いつつ鼻をクンクンさせて匂いを嗅ぐ雨妹に、リフィが微笑んで説明してくれた。
「これは、丹でよく食べられるバクラヴァという菓子です。
卵は使っておりませんので、ご安心を」
そう語るリフィ曰く、使っていないというより、庶民ではそもそも卵が手に入らないことが多いので、卵を使わない調理法の方が広く普及しているらしい。
「この菓子に合わせて、奶茶の甘さは控えめにいたしますね」
そう言って、リフィは優雅な手つきで奶茶を淹れ始めた。
――んあぁ、良い香りぃ!
菓子の香ばしい香りに奶茶の香りが合わさると、雨妹はますますお腹が空いてくる。
その隣で友仁もそわそわしている。
お昼のお茶の時間がずれ込んだので、友仁もお腹が空いているのだろう。
やがて淹れ終えた奶茶の入った杯と、菓子を取り分けた皿を目の前に差し出される。
「どうぞ」
リフィは雨妹たちに勧めてくると、自身も席について杯を手に取り、口をつけた。
それに次いで、雨妹もまず奶茶に口をつける。
今日の茶葉はほのかに花の香りがするもので、乳の甘い香りと混ざり合い、美味しい香りとなって鼻を抜ける。
その後にバクラヴァを食べれば、サクッとした歯触りが心地良く、けれどしっかりと食べ応えがあり、つまりとても美味しい。
「美味しい~♪」
感激する雨妹だったが、すぐにハッと我に返ると「友仁殿下もどうぞ!」と告げる。
――危ない、後で立勇様に叱られるところだった!
内心冷や汗をかく雨妹だったが、友仁は早速奶茶を飲み、バクラヴァにハムッとかぶりつく。
「本当だ、美味しいね」
そう述べる友仁と目が合った雨妹は、互いに「ふふっ」と笑みを交わす。
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