第474話 王太子の立場それぞれ

とりあえずは、友仁ユレンの他国の王太子との極秘の初折衝が終わった。

 その後、雨妹ユイメイはジャヤンタの体調を確認し、怪我の様子も一つ一つ確かめていく。

 特に腕を失った傷口を放置すると、もっと酷いことになる。

 こちらはリュが適切に処置をやってくれていて、戦いでの傷に慣れているのはさすがだ。


「まずはこれ以上傷を悪化させないこと。

 薬を塗って適切な食事をして、よく休むこと。

 しかしある程度身体が疲れないと、良い睡眠は得られません」


雨妹は呂を介して注意事項を言い渡す。

 ジャヤンタは元軍人であり、容姿が良くて人気があったというが、その面影もないほどにやせ細っている、見るからに寝たきりの病人であった。

 怪我に障りがない程度には動いてもらわなければ、怪我が治っても寝た切り一直線だ。

 まあこれも、好きで寝たきり生活をしていたわけではないだろうから、今後改善されていくだろう。

 ジャヤンタも治療方針に不満はないようで、雨妹の指示に素直に頷いていた。



このようにジャヤンタとの面会と治療を終えて、雨妹たちは友仁の部屋へと戻った。


「友仁殿下、どうでしたか?」


雨妹は友仁に問いかける。

 重症人を目の当たりにして、心労を抱えてしまっていないかと心配したのだが。


「ジャヤンタ殿下は父上でも、兄上でもなかった。けど、う~んと……」


しかし友仁が口にしたのは、別のことであった。

 直前に雨妹と話した「宜の王太子は誰に似ているか」ということを考えているようだ。

 友仁はひとしきり唸った末に、やがて「あ!」と声を上げる。


「他の宮の妃たちに似ているかも」


皇族ではなく後宮の妃嬪を例えに出され、雨妹は思わず胡安フー・アンと目を見合わせた。


「どういうところがでしょう?」

「う~ん、態度とか、雰囲気?」


雨妹が問うのに、友仁はそう答えながらも、自身も具体的にはあまりよくわかっていないようだ。


「身分が高く、周囲を命令に従う人ばかりが囲んでいる、という環境は、王太子と妃方とは似ていますね」


この意見に、胡安がそう言葉を添えてから、ふと思い出したように胡霜フー・シュアンを見た。


「そういえば、雨妹と二人でひそひそと話していたな」


胡安にそう言われた胡霜は、友仁のためにお茶を淹れており、叱られる気配を察したのか聞こえない風を装っている。


 ――う~ん、叱られ慣れている人だなぁ。


 雨妹は胡兄妹の関係がわかるやり取りにいっそ感心しつつ、隠すことでもないと話す。


「ジャヤンタ様は崔の言葉がわからないのだな、という話です。

 以前お会いした把国の王子は、日常会話程度は話されていたので」

「ああ、政変の起きた国の王子ですね」


胡安はダジャルファードのことを噂程度に知っていたようだ。

 そして雨妹が胡霜の意見も話すと。


「いくら言葉がわからないとはいえ、当人を目の前にして無礼を言う奴があるか」


胡安が怒りを見せつつも、胡霜の話を否定しなかった。


「強国の王太子と弱小国のそれでは、同じ王太子とはいえ立場は全く違う」


ジャヤンタは王太子として特に不足があるようには聞こえなかったが、それはあくまで強国の後ろ盾があってのことだと、胡安は述べる。


「雨妹が気にした言葉を例にあげると、わかりやすいか」


ジャヤンタの国である宜は武器を売ってやるという立場から、東国相手にも「宜の言葉で話せ」と言える。

 一方でダジャルファードの把は、妃として東国の姫を押し付けられたことを考えても、明らかに東国に強く出られない立場であり、むしろ東国の言葉を学んで挑む方だったであろう。

 この胡安の説明で、雨妹は頭の中のモヤモヤが晴れた思いであった。


「なるほど、納得です!」


ジャヤンタは殺されそうになるまでは、なんだかんだで王太子に相応しい生活を享受していたのだとしたら、ダジャルファードとは前提が違うことになる。

 さらには奴隷の身分に堕とされ、あらゆる手段を使って生き延びねばならなかったダジャルファードとは、そのあたりの「生への餓え」も違うだろう。

 それならば、リフィはどうだろうか?

 丹と宜がどれだけ言語が違うかわからないが、たとえ使っている言葉が同じ系統のものであっても、訛りなどの差異はあるだろう。

 王太子妃となるはずだったリフィは、宜の言語を現地人並みに話すことも必須だったはず。


 ――リフィさんは宜の言葉も崔の言葉も、頑張って勉強したんだなぁ。


 沈の話では見えていなかったリフィの真実を、雨妹は一つ見つけた気がした。

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