第473話 友仁とジャヤンタ

『人が多い……』


牀に寝かされたジャヤンタが、ぞろぞろと大勢でやってきた一行をチラリと見て呟く。

 どうやら既に目を覚ましていたようだ。

 友仁ユレンがやってくることを察したリュが、ジャヤンタを覚醒させたのかもしれない。

 ジャヤンタが一行の面々を視線のみで確かめ、友仁の姿で目を止めた。

 青い目で、周囲とは明らかに服装の質が違う友仁を、一同の主だと認識したのだろう。


「まず、身を起こしていただきましょうか?」


雨妹ユイメイがまずそう提案する。

 牀に横になったままの面会となると、友仁がジャヤンタを見下ろすことになる。

 いかに怪我人とはいえ、ジャヤンタの王子としての心情的に立場がないかもしれない。


「そうしてもらいたい」


胡安フー・アンも同意したので、雨妹は牀の側へ行くと、呂と共に彼の背中に座具をたっぷりと入れてやり、身体を起こすのを手伝う。


「呂さん、どんな感じですか?」


その際に雨妹がひそりと尋ねると、呂もひそりと答えた。


「小妹が気にしていた個所は、とりあえず手当しておいた。

 まあ率直に言って重症人だな」


しかし半地下にいた時は、死に片足を突っ込んでいるような雰囲気だったのが、今は普通の重症患者程度に見える。

 やはり環境と手当と清潔さは大事である。

 ジャヤンタの準備が整った様子を見て取った胡安が、友仁の背中をそっと押した。


「このような場となったが、ジャヤンタ殿下に挨拶を。

 私は崔国皇子の友仁という」


胸を張り、顎を上げて述べる友仁に、ジャヤンタが呂に通訳されてから頷く。


「この離宮は現在、私に与えられている。

 あなたの安全は、私が守ろう」

「カンシャ、する」


ジャヤンタは片言のかすれ声でそう述べた。


「では、保護にあたっての条件を述べさせていただきます」


胡安が語り出したので、雨妹は邪魔をしないように牀から離れ、胡霜フー・シュアンの隣に並ぶ。

 会談の進め方は、胡安の言葉をジャヤンタがいちいち呂に確認していく形式である。


 ――ジャヤンタさんは、崔国語があまりわからないのかな?


 雨妹がこの点に引っ掛かったのは、把国の王子であったダジャルファードが崔国語での日常会話をこなせていたし、リフィも流暢に会話をしてみせたからである。

 しかし思えば前世と違い、異国の言葉の教科書など流通していないわけで、言語とはその言語が使われる現場で学ぶしかないわけで。

 ジャヤンタはそうした環境になかったということかもしれない。

 そんなことを考える雨妹が一人、首を捻ったり納得顔になったりと百面相をしていると。


「どうかしたかい?」


そんな雨妹の様子を見ていたらしい胡霜が、小声で声をかけてきた。


「あの、あの方はこちらの言葉がわからないんだな、と思いまして」


雨妹が気になったことを口にすると、胡霜が眉を上げる。


「ああ、あっちは宜の王太子だろう?

 そんなお坊ちゃんにはそういう気概はないだろうね」


小声とはいえ、本人を前にしてさらっと毒を吐く胡霜の度胸がすごい。

 いや、これも相手に聞こえてもどうせわからないという判断だろうか?

 この雨妹の驚きを、胡霜は違うように誤解したようで、意見の解説をしてくれた。


「言語の習得は、教えてくれる相手との信頼関係を築くことから始まる。

 なにを言っているのかわからないんだから、嘘を言われてもわからないだろう?」


確かに、教科書がない以上は誰かの口伝で言語を学ぶしかないわけで、その誰かが嘘を教えれば、教わった方は大恥である。


「そんな苦労をするよりも、宜は強国なのだから、自国の言葉を強要する方が楽さ」

「むむぅ」


胡霜の論理に、雨妹は唸って考え込む。

 雨妹たちがそんな話をひそひそとしている間にも、胡安は保護するにあたっての注意事項を並べている。

 それにジャヤンタは時折微かに不満そうな顔をするものの、口に出してはなにも言わなかった。


 ――味方が一人もいないから、文句を控えたのかもね。


 誰かに従わされることに拒否感があるのは、王太子であれば無理もないのだろうが、扱いにくい患者であることには違いない。

 ジャヤンタに早く別の場所に移動してほしいと願う沈の気持ちが、なんとなく理解できた雨妹であった。

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