第472話 着替えて、いよいよ
そんな話を聞いた
「その話はもういい。
まずは着替えだ、
「はいよ」
というわけで胡安に連れられ、
その二人の後姿を、雨妹がぼうっと見送っていると。
「お前も早く準備をしろ。
この後恐らくは、あの方に会いに出向かれるであろう」
「あ、そうか!」
胡霜の印象があまりに強くて、そのあたりのことがスポンと飛んでしまっていたようだ。
そんなこんなで、雨妹は立勇に伴われて救急箱を取りに一旦部屋へと戻る。
他にも必要な物を選んでから、友仁の部屋へ改めて向かうと、胡霜がすでにそこにいた。
これが後宮の女官であれば、支度に長々とかかるであろうに、素晴らしい早着替えぶりである。
それに――
「あれ、髪がある」
胡霜の姿を見て思わず呟く。
そう、胡霜の短髪頭に髪がついており、どうやら付け髪を用意したらしい。
けれど確かにただの人足ならばともかく、皇子付きが短髪なのは障りがあるかもしれない。
それにしても、皇子付き衣装の着こなしが不自然ではない点は、やはり胡家ということだろう。
むしろ雨妹の方が若干服に着られていて、「慣れない新人」感があるのが否めない。
――この差ってなに?
醸し出される威厳だろうか、それとも体格か?
一人首をひねる雨妹を余所に、胡安が友仁の部屋へ入っていく。
「お待たせしました」
胡安が声をかけると、友仁が待ちかねたように座っていた椅子からひょこっと立ち上がった。
「じゃあ行こうか」
若干ソワソワしている友仁の号令で、雨妹たちはジャヤンタが寝かされている部屋へと向かうことになった。
明が先導して、間に友仁と雨妹と胡兄妹を挟み、後ろを立勇が守る形で、ゾロゾロと歩いていく。
すると友仁がススッと雨妹の方へ寄ってきた。
「実はね、私は他国の君主一族と会ったことがなくて、これが初めてなんだ」
「そうなのですか?」
突然な友仁の告白に驚く雨妹だが、思えばまだ子どもの友仁が外交の場に顔を出す機会などないだろうから、別におかしなことではない。
――いや、リフィさんは丹国の姫様だから、本当は一人会っているか。
けれど友仁とは姫として顔合わせをしたわけではないので、これは数に入れなくてもいいだろう。
「かの殿下は、父上みたいな方かなぁ、それとも兄上みたい?」
どうやら友仁は、ジャヤンタの為人を聞きたかったらしい。
「どうでしょうねぇ?」
雨妹とて事前情報を求めてくる友仁になにか教えてあげたいのは山々なれど、こちらも片言会話でしか言葉を交わしていないので、的確に答えを返してあげられない。
代わりに答えを持っていそうだと、背後にいる立勇を振り返る。
雨妹に釣られて、友仁も立勇をじっと見つめた。
雨妹と友仁の期待の視線を受けた立勇が、口を開く。
「特段強い印象はありませんし、普通の君主一族だと思います」
――普通の君主一族って、どういう風なのを言うの?
逆に謎が深まった雨妹である。
少なくとも、あの父を基準にしてはいけないということくらいは、なんとなくわかるのだけれども。
そんな話をしている内に、ジャヤンタがいる部屋に通じる通路に差し掛かった。
ここから先は人払いがされており、兵士が行く手を遮るようにして守っている。
その通路を抜けた先にあるのは、離宮の中庭に面した部屋だ。
外の明かりを取り入れられるが、外部の視線は入らないという、便の良い場所といえる。
ひょっとして元々が今のように、内緒の客人を招いた時のための部屋なのかもしれない。
明が部屋の扉を叩くと、中から呂が顔を覗かせた。
「どうぞ」
やって来た顔ぶれを見て呂が中へと招き入れたので、雨妹たちは扉の外の守りに明を残して入っていく。
部屋の中は薄暗かった。
窓を布で覆ってあり、外の光が直に入ってこないからだ。
それでもこれまでジャヤンタが寝かされていた日当たりの悪い半地下部屋と比べれば、断然明るいはずだ。
ずっと暗がりにいたジャヤンタの目が慣れるまでの配慮だろう。
――それに、ジャヤンタさんが清潔になっている。
昨日会った時、実は少しすえた臭いがしていたのだが、呂はあのまま皇子に会わせるわけにはいかないと思ったのだろう、ジャヤンタの身体を丁寧に清め、寝間着も着替えさせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます