第471話 「花」というのは
「なんと、大胆というのか、命知らずというのか」
確かに短気な主であれば、その場で首を物理で飛ばすかもしれない案件である。
少なくとも、人並み以上の度胸があるのは確かであろう。
しかし立勇が言いたいのは、それだけではないようで。
「その皇族とやらの話は、おそらくは後宮の美しい女目当てであるということであろうに。
見事に友仁殿下と話がすれ違っているな」
「なるほど、そっちの意味でしたか」
早速の立勇の説明に、
確かに、花の宴では気に入った娘をお持ち帰りしようとする皇子に注意だと、雨妹も言われていた。
今年は
雨妹は今年、裏方仕事の皿洗い要員に任命され、表に立っていなかったため、そのあたりの意識がスポンと抜けていた。
――あれ、じゃあ
雨妹に食いしん坊仲間勧誘疑惑をかけたのではなく、友仁の真意を量っていたのだろう。
友仁が具体的な景色を提示したので、「誰か意中の相手がいるのか?」と考えて、雨妹に目線で問うていたのかもしれない。
「今気付くか、呑気者めが」
このように今更理解する雨妹を見て、立勇が頭痛を堪えるようにする。
「けど友仁殿下のお話は、流れからしても、本気でお庭のことを語られていたと思いますけれど。
胡霜さんの花畑の話に食いついていましたから」
「あれは比喩ではなかったね、目を見ればわかる」
先程のことを思い出しながら述べる雨妹に、胡霜が口を挟んできた。
「あの年頃でもう色事に興味津々ならば、ちょいと嫌だなと思ったんだけれど。
ふふ、あの殿下を見ていると、息子の小さい頃を思い出したよ。
ちょうど木の上に隠れ家を作ることに凝っていたくらいだねぇ」
「お前という奴は……」
叱られたことが全く響いていない様子の妹に、
雨妹たちの話を聞いて、立勇が「ふむ」と顎を撫でる。
「友仁殿下は皇太后に疎まれていたために、あまり人が集まる場へは行かなかっただろうから、花の宴のそうした裏事情を聞かされていない可能性もあるか」
立勇のこの意見に加えて、あの
文君は自分が「胡昭儀」になりたかったわけで、そうなると友仁の存在は邪魔者であろう。
後宮のしきたりなどのアレコレについて、ろくに教育をしなかったのもあり得る話だ。
雨妹がそんな風に考えていると。
「文君が育てたとは思えない素直さだね。
あの気性だと、文君と合わずに苦労しただろうに」
なんと、胡霜の口から文君の名前が出たことに、雨妹のみならず立勇も驚いていた。
「文君さんをご存知なのですか?」
思わず尋ねた雨妹に、胡霜はきょとんとした顔になる。
「ご存知もなにも、文君は昔から胡家の有名人さ。
幼い頃から胡家の集まりに出ては、『私は国母となる女だ』と言っていてね。
胡家の者は全て己の下僕だと、信じて疑わなかった娘だ。
まあ率直に言って、どうやっても仲良くなれそうにない奴だったよ」
そう語る胡霜は、やれやれといった表情である。
「文君とは、そのような女であったか?」
しかし胡安が首を捻っているのに、胡霜が「ふん」と鼻を鳴らす。
「男の前ではいい顔をする女だったからね、
「……」
妹に軽く詰られ、胡安が反論できずに黙ったので、思うところがあるのだろう。
胡霜がさらに語る。
「だが結果として、文君は昭儀に選ばれなかった。
それでどれだけ肩身の狭い思いをしただろうねぇ。
その思いがあの皇子殿下に圧し掛かってしまったのだから、本当にあの娘の親は馬鹿な育て方をしたもんだよ」
そう言い放った胡霜だが、微かに同情の様子も見せた。
「文君の不幸は、親に逆らうという選択が存在しなかったことだね。
適当な婚姻相手を選ぶか、女官として立派に勤めていれば、人生が楽だっただろうに」
胡家の者から改めて聞かされる文君の生い立ちに、雨妹は絶句する。
――とんだ毒親じゃないの!?
そんな環境で育った文君を哀れに思うが、それ以上にその毒の連鎖から友仁を救い出せてよかったと、改めてホッと安堵する。
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