第465話 胡家とは

「とりあえず、あなた方の目でこれが適切な人事であるかどうか、本人を確かめてほしい」


胡安フー・アンにそう頼まれたので、雨妹ユイメイ立勇リーヨンと共にその妹とやらに会うことになった。


「呼びつけるよりも、捕まえる方が早い」


そのように胡安が言ったので、友仁ユレンミンに任せて、雨妹たちは三人で連れだって妹がいるという辺りに出向くことにした。

 胡安の妹は名を胡霜フー・シュアンといい、この旅の一行に下働きとして同行しているのだという。


「下働きなのですか?」


この点を雨妹は不思議に思う。

 一行の下働きとは、宮城関係者ではなく、荷運びなどの労働力として外城から集められた者たちである。

 そこで働いているということは、妹は普段宮城に関わる仕事をしていないのだろうか?

 それでも胡家の者ならば、自然と臨時の側近候補となりそうなものなのに。

 そんな雨妹の疑問を感じ取ったのか、胡安が妹の素性を詳しく語ってくれた。


「妹は宮城で働いておらず、そもそも都住まいではない。

 普段は傭兵団で暮らしているのだ」

「え、傭兵団!?」

「なんと」


想定外な職業が出てきたことに、思わず声を上げた雨妹の隣で、立勇も目を丸くしている。


「なんというか、お家の人が傭兵団入りをよく許しましたね?

 胡家とは高貴な家系でしょうに」


雨妹とて別に傭兵団を悪く言うつもりはないのだが、昭儀にまでなった家系と傭兵の接点が思い浮かび辛いのだ。

 雨妹の問いに、胡安が苦笑を返す。


「我が家はそれを許すやら許さないという、格のある家ではなかったからな。

 それに妹は許されずとも、勝手に出て行っただろうさ。

 自分が決めたことは曲げない奴だ」

「ほほう」


胡安が語る妹を想像するに、なかなかに気の強い人のようだ。

 それに立勇から以前聞いた話であると、胡安の一族は胡家の中でもほぼ庶民という身分であるが、胡家で今の主流派が台頭する以前は、こちらの一族こそが主流派にいたのであったか。


 ――それなら余計に、昔の栄光に拘りそうな感じだけれど。


 あちらは新参者で、自分たちこそが本家であるなどと言って、かつての栄光に相応しい生活や振る舞いを強いそうに思える。

 不思議な胡家事情に、雨妹が思わず首をひねる一方で、立勇も疑問を口にした。


「傭兵は依頼を受けての旅暮らしであろう。

 今回は急遽決まったことであるのに、よく妹殿が捕まったな?」

「そのことですか」


立勇の指摘に、胡安が事情を話す。


「妹は花の宴に参加する皇族の護衛として、都入りしていたのですよ。

 しばらく都で羽を伸ばすため滞在していたところを、急遽私が呼び寄せた次第です」


なるほど、ある意味運が良かったということらしい。

 そして次いで胡安の口から出た言葉が、雨妹をさらに戸惑わせた。


「それに、妹の選択を否定する者など、我が一族にはいない。

 あれは胡家らしい生き方をしているのだから」

「胡家らしい、ですか?」


驚く雨妹に、胡安が頷く。


「そうだ、妹は胡家の性質が濃いのだろうよ。

 胡家の始祖は旅商人だからな」


そう語る胡安曰く、旅商人をしていた先祖が大成功をして、今に続く名家となったらしい。

 それでも旅商人の血はそれなりに濃いのか、胡家は旅好き、新しいもの好きな人が多いのだという。


「胡家の祖の話は、初耳だな」


感心する立勇に、胡安が「ふん」と鼻を鳴らす。


「お偉くなられた方々は、旅商人という祖の職業を見下しておられるご様子。

 隠したい歴史なのでしょうよ」


そう語る胡安の方も、「お偉くなられた方々」を嫌っている様子である。

 どうやら胡家内で、なかなか深い溝が出来ているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る