第463話 沈という男
「それに
さらに告げられた言葉に、
「丹国人であるリフィさんに可能性があるならば、他国から『ならば自国の者でもいいはずだ』と思われますもの」
崔で結婚相手として沈の人気が急上昇したのは、皇太后という重石が取れたからだろうが、他国からはもともと目を付けられていたのだろう。
崔では皇族の他国人との婚姻に制約があるものの、他国からは「そんな制約はどうとでもなる」と考えられても不思議ではない。
この雨妹の答えに、
「あるいは、周辺国が宜と崔とで繋がってもらっては困ると考えられたかだ」
「なるほど、そちらの心配もありますね」
立勇の想像に、雨妹も納得する。
かつてのこの地の大公家であった
その太鼓持ちを追い出して代わりに居座った沈を、宜はもちろん周辺国も脅威と見なしていることだろう。
周辺国は揚州については、これまでは斉家の動向のみを気にしていればよかったのが、揚州の主が皇子である沈に変わったとなれば、崔が宜と手を組むかもしれないと不安視されても不思議ではない。
そして万が一軍事力で定評のある皇帝が、大金を動かす商人と手を組めば、確かに周辺国には大変な脅威だ。
そこから疑心暗鬼を生み、「脅威となる前に叩け!」とばかりに攻められてしまうかもしれない。
これで沈が斉家並みの統治能力であったならば、周辺国の対応も変わらないものだったのだろう。
それが対応を変えてきたのだとしたら、よほど沈がもたらした変化が急激だったということだ。
――斉家が大公家だったころの揚州って、どんな風だったんだろう?
露店には武器類が並び、他国へ売る兵士となる者たちがどこからか連れて来られる光景を、雨妹は思い浮かべてみる。
どこかで騒乱が起きたと聞けば、飯の種ができたと大喜びする。
一般的な考え方とは真逆の考え方であり、余所の人からすると揚州人とはさぞ異質だったことだろう。
しかし雨妹はここまでの旅の間も、幡に滞在している今も、そうした異質さを感じたことはない。
つまり沈は揚州人に戦商売以外の稼ぐ道を示し、そうした異質さを払拭してみせたということだ。
口で言うのは簡単だが、実際に為すのは並々ならぬ苦労があったのは、想像に難くない。
それにしてもなるほど、東国に関連した騒ぎで宮城が荒れていた間、こちらでもなかなかの危機であったのだ。
沈が皇帝にわざわざ相談しようとしたのも納得である。
むしろ、この危機を宮城にこれまで知られることがなかった方がすごいのだ。
そこが沈の才覚なのだろうということは、雨妹にも想像できる。
――沈殿下って、皇太后側から敵視されていたわけだよ。
皇太后はまともに争っては沈が勝ってしまうことがわかっているから、端から勝負にならないように仕向けていたのだ。
けれど、だからといって沈が「皇帝に向いているか?」という点では、雨妹は懐疑的であった。
能力が高いのと、人の上に立つのとは、また別の資質だからだ。
そこの見極めを間違えると、酷いことになってしまう。
――むしろ沈殿下って、誰かの下で好き勝手する方が向いている気がする。
そのことを、沈本人もよくわかっているのかもしれない。
何故って、本気で皇帝位を欲していたならば、太子など簡単に抑え込んでしまえただろうと想像できるからだ。
そこそこの権力があって、けれど国としての最終的な責任は他人が持ってくれるという今の立場は、案外居心地がいいのかもしれない。
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