第363話 掃除係一同、奮闘中
あちらこちらが大混乱で、馬や軒車を使うよりも走った方が早い。
だがそれにしても、「太子宮とはこんなに遠かっただろうか?」と、雨妹はその道のりがいつもよりも長く思えるものだ。
その途中、雨妹の同僚の掃除係が数人ごとに纏まって、あちらこちらに駆けていく姿が見えた。
「アンタらはどこに行く!?」
「あっちだ!」
「こっちはそっちの方!」
「わかった!」
そのように短く言葉を交わして、互いに散っていく。
百花宮で火事対策をしているのは掃除係であり、班長達は燃えやすい場所がどこかなどということを知り尽くしている。
それに駆けまわる掃除係一行の中に、
あの仕事をしないことで有名な梅であっても、火事はまた別ということだろう。
――それにしてもあの宦官、人でなしめぇ!
雨妹の腹の底で、怒りがふつふつと煮えたぎっている。
よりによって、復讐のために火事を起こすとは、許せるはずもない。
皇太后なり皇帝なりに恨みがあるならば、直接本人にその恨みをぶつければよかったのだ。
なのに、火事という不特定多数を巻き込む手段を取るなんて。
東国に踊らされたにしても、どういう事になるのか想像できなかったのか? きっとそのように歪んだ恨みで視野が狭くなっているところへ、東国が付け入ったのだろう。
このように雨妹は心の中で憤然とした気持ちをくすぶらせながら、とにかく走る。
そして太子宮に到着した途端、そんな雨妹の視界に飛び込んできた光景はというと。
「庭園が……」
雨妹の口から思わず言葉が零れる。
奥の方で煙が立ち上がり、花が咲き誇っていた庭園が燃えていた。
「えいっ!」
そしてその庭園の庭木を、バッキバッキと豪快にへし折っていく
「花の枝を折るなんて、乱暴な……!」
青い顔でオロオロとするしかできないでいる女官が、鬼気迫る様子で木を折る静を見て、批難するのが聞こえる。
けれど静がその女官に向かって、すぐさま噛みつくように叫ぶ。
「だって、こうしないとあっちの火が燃え移っちゃうかもしれないじゃないか!
あと、ここでそんなヒラヒラした格好でボーッと突っ立っていたら、火の粉が飛んできて燃えちゃうよ!」
静の反論に、女官は「ひっ!」と短く悲鳴を上げると、屋根のある方へと逃げる。
よく見れば地面に煙をくすぶらせる枝がバラバラと落ちており、これはどうやら静以外にも、あちらの方に見える庭師が、一部燃えた木の枝を切り落としたもののようだ。
静は庭師を手伝い、風が通る辺りの枝を落としているのだろう。
燃えていない部分を守れば、木もまた花を咲かせるかもしれない。
そして火が強い辺りで燃え盛る木には、大勢で懸命に水をかけて火を消そうとしている様子が見られた。
そうこうしていると、風で飛んできた火の粉が草の上に落ちて、そのあたりがブスブスと燃え始める。
「あ!」
これに気付いた静が、慌ててそこいらのなにかを入れていた壺を被せた。
そんな静の奮闘を、
「火に、壺を被せればいいの?」
壺を受け取りにきたところへ尋ねる恩淑妃に、静が答える。
「あのね、小さい火はとりあえず壺を被せておけって、班長っていう人の誰かが言っていたよ」
――よく覚えていたなぁ!
頑張る静の姿が誇らしくて、様々な悪意に直面して冷えていた雨妹の心の奥が、じんわりと温かくなってくる。
「静静!」
雨妹が大声で呼ぶと、静はきょとんとした顔になった後、目にぶわっと涙を溜めて、こちらに駆けてきた。
「雨妹ぃ~!」
そして体当たりをする勢いで、雨妹へ突撃してくる。
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