第362話 戻った簪
回廊まで来ると、空に立ち上る黒い煙が見える。
しかもあちらこちらから立ち上っていて、同時多発的に火事が発生しているようだ。
しかも派手な破裂音らしき音が聞こえてくるので、もしかするとこの火事の火元は火薬かもしれない。
「けど、大きな火は見えない……」
雨妹は見える範囲を一つ一つ確かめていく。
まだ大丈夫、消火が間に合えば大火は免れるかもしれない。
雨妹がそう自分に言い聞かせると、再び駆けだそうとしたのだが。
「雨妹、少々待て」
追いかけてきた
立彬の後ろには
「火が出ているならば、その髪をまとめておかないと危ない」
そう述べた立彬が手に握っているのは、見覚えのある簪だった。
「あ、私の簪!」
恐らく襲われた現場で落としたのであろう簪が、何故か立彬の手に納まっているではないか。
どうしてだろう? という疑問が顔に出ていたのであろう、立彬が教えてくれる。
「これは、
そう話しながら、立彬は雨妹のボサボサの髪を手櫛で整えていく。
「これも、縁起の悪い簪となったか」
最後に簪を刺して髪をまとめながらボソリと零す立彬に、雨妹は後ろを振り向けない状態ながら、「いいえ」と否定してにへらっと笑う。
「こうして皆さんが助けに来てくれたので、これは幸運の簪です!」
「……なるほど」
立彬が微かに目を細めた様子は、雨妹には見えなかった。
――よし、なんか元気が出たかも!
むん! と拳を握って気合を入れる雨妹は、まず静と合流しようと考える。
あんな別れ方をしたのだから、きっと心配しているに違いない。
「静静は、太子宮にいるんですよね?」
雨妹が確認するのに、立彬が頷く。
「ああ、身柄を
あちらの煙は太子宮に近い、怪我人がいないといいが」
立彬は太子宮の方向を見て、不安を口にする。
それにしても、雨妹もまさか静が太子宮に助けを求めに行くとは思わなかった。
てっきり楊か、美娜あたりを頼るとばかり考えていたのに。
その上あの沈と一緒にいたお付きが、あの立彬の友人の刑部官吏だったとは。
雨妹は彼の存在に全く気付かなかったのだが、さすがはその道の玄人といったところか。
それに、この出会いが静を、そして雨妹を救ってくれたのだ。
――うん、こんな事態になっていても、運が味方をしている!
ならば雨妹はその運を手放さないように、せいぜい足掻くだけだ。
「よし、じゃあまず向かうは太子宮ですね!」
「私はここまでだ」
行くべき場所を定めた雨妹に、明が声をかけてきた。
「いくら火事だとしても、狭間の宮の向こうへ行くには手順を踏まなければならない。
それにこちらでも宮城に火が移らないように、警戒する必要がある」
明が悔しそうにするもののそう述べた後で、ダジャが一歩進み出る。
「私、行きたい、ネファルはきっとあそこ。
逃がした、私の罪!」
真剣な表情で訴えるダジャに、雨妹と立彬は顔を見合わせる。
どうやらネファルとは、把国を混乱に陥れた張本人の一人であるようだし、そのような者を放置しておけば、きっとまたなにかの害をまき散らすことだろう。
――それに、相当自分本位の人っぽいし。
この自分本位具合とそれを向けられる相手、両者の意思の方向性が同じ方向であるの時には、あまりそう大きな問題にはならない。
けれどそれが噛み合わなくなれば途端に、「可愛さ余って憎さ百倍」みたいになるのだ。
そして今のネファルはきっと、この「憎さ百倍」状態なのだろう。
こういう人物は友達にしていて、一番厄介な質かもしれない。
――ダジャさんって故郷にいた時、人の出会いに恵まれていなかったのかなぁ?
それに、どうやら相当窮屈な立場であったようであるし。
雨妹が生まれたのがもし把国であったならば、窮屈すぎて鬱憤を爆発させていたことだろう。
雨妹が同情の視線を向ける隣で、立彬が思案している。
「人探しとなれば、その耳が活きるか」
立彬がそう呟く。
きっとこの火事で色々な人たちがてんやわんやしていることだろうし、人探しを他人任せにできる状態ではない。
つまり、探すならば自分でした方がいいということだ。
「できるだけ身を隠して共に来い」
立彬がそう告げたことで、ダジャは身を外套ですっぽりと隠し、雨妹たちに同行することになった。
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