第356話 反論

 かつての己を振り返り、悔やむダジャの内心など、少しも気にする風ではないネファルが告げる。


『さあ、行きましょう。

 この国は荒れます、我らが故国のようにね。

 しかしご安心を、あなたが居られる戦場は、どこにだってあることでしょう』


そのような事を聞かされて、何故ダジャはここから離れることができようか?

 ダジャはそこまで愚か者になり果ててはいないつもりだ。


『私の、我らの愚かさが国を滅ぼした。

 そして東国は把国を落としたことで味をしめ、この国で同じことを繰り返そうとしている。

 これもまた我らの罪であり、罪を繰り返してはならぬ!』


そうだ、東国に「この手は通じる」と実感させてしまったのは、ダジャたち把国の上層部である。

 その失敗の後始末を行わなければならない。

 このダジャの決意は、しかしネファルには届かない。


『国がなんだというのです?

 所詮、そこにたまたま生まれ落ちただけの場所ではありませんか』


なるほど、これがネファルの本音なのか。

 道理で味方からも恨まれていたはずである。

 この男にとって国とは、そこに住まう民とは、己が寄り添う存在ではなかったのだ。

 そんなネファルに、ダジャは無駄かもしれないが反論する。


『お前にはそうだったかもしれぬが、私は王子だ!

 故に国を守る責務があった!』


口惜しくも結果が伴わなかったとはいえ、ダジャは責務を果たそうという気持ちはあった。

 それを果たす前に邪魔をしたのが、このネファルではないか。

 このダジャの怒りにネファルは目を見張った後で、憐れむような顔になる。


『おかわいそうに、そのような細事に惑わされるとは。

 あなたは純粋で真っ直ぐなお方、さようなことを考えず、自由であればよいものを』


ネファルの言葉はダジャを思いやっているようで、自身の都合の良い理想を押し付けてきているに過ぎない。


『どこまでも綺麗な言葉で誤魔化すか、ネファル!

 目の前の現実を見ようともしない王子など、さぞ滑稽であったことだろうな?』


ダジャの怒りが激しくなる様子に、ネファルが悲しそうに俯く。


『ああ、私の、私だけのダジャルファード様でいてくださればよいのに』

『勝手を言うな!』


言葉での説得は不可能と悟ったダジャルファードは、ネファルに掴みかかる。

 このネファルはこの宮城に侵入してきた賊であり、そこで世話になっている身としては、当然捕えて突き出すべきであろう。

 しかし生憎と今のダジャは、武器を持つことを許されていない。

 完全に信用していない客に武器を持たせないのは、当然の用心だろうというのは、ダジャにも理解できる。

 だが今は、それが窮地に追いやる理由となっていた。

 このネファルは副官として重用していただけあり腕が立ち、さすがにダジャとて丸腰で戦いたい相手ではない。

 その上、ダジャが滞在しているのは他から隠された場所であるという。

 ネファルの存在が他に伝わるのが、果たしていつになるかわからず、助けはすぐには来ないだろう。


 ――けれど、やらねばならぬ。


 それが、ダジャがこの国に対して見せることができる誠意だ。


『ネファル、お前を捕えて皇帝陛下へ突き出す!』


捕えようと動くダジャを、ネファルはヒラリと避けつつ短剣を手にする。

 だがダジャとて、刃物を持つ相手に素手で挑む訓練は受けている。

 短剣を避けつつ身体をしならせ、ネファルの腕を取って床にたたきつけようとするダジャであったが、それをネファルは上手く身体を捻って回避する。


『さすが我が君、丸腰であっても油断できない。

 けれどおいたが過ぎると、私も折檻をしたくなりますよ?』

『ぬかせ!』


余裕の笑みを浮かべるネファルに、ダジャは吠える。

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