第357話 乱入者
だが二人は膠着状態となってしまい、ダジャはなかなかネファルを捕えることができない。
――刃物は持てずとも、せめて棒の一本でも置いておくべきであったか。
今になって悔やむダジャだが、ここでダジャを見張る兵士に交じって日々鍛錬をしていたことが良かったらしく、ネファルに後れを取ることはない。
これが以前であれば、きっとあっさりと負かされていたことだろう。
やはり努力とは、いつか己の身に返ってくるものなのか。
と、その時。
『……!』
ふいにネファルが大きく飛びのいた所へ、剣が一閃する。
「騒がしいぞ」
「
これだけ暴れたことで異常が伝わったのだろう、そこには抜き身の剣を構えた明が立っていた。
「騒々しい賊め、それ程しゃべりたくば、牢の中で好きなだけしゃべるがいい」
『時間をかけ過ぎたか』
膠着状態であった所へ明が加わったことで、ネファルの余裕を取り繕っていた表情が崩れる。
『ネファルよ、罪を償ってもらうぞ!』
明に後ろを取られ、逃げ道を塞がれた形になったネファルに、ダジャが迫る。
が、しかし――
ボフゥッ!
ネファルが片手を奇妙に動かしたと思えば、室内に焦げた臭いと煙が充満した。
――これは、火薬!?
ダジャは咄嗟に息を止めたものの、それでも煙をいくらか吸ってしまい、目や喉が痛む。
火薬を使う戦い方は、東国が得意とするものだ。
ネファルは本当に東国へ寝返っていたのかと、ダジャは唇を噛み締める。
『ダジャルファード様、必ずこの手に……!』
ネファルの声が響き、煙がいくらか晴れた頃にはその姿は見えなくなっていた。
あと一歩のところで、ネファルを取り逃したのだ。
捕えられなかったことが口惜しいものの、今は助かったことを喜ぼうと、ダジャは息を大きく吐く。
「助かった、感謝する」
ダジャがそう伝えると、明は表情を変えずに述べた。
「今日は花の宴だ。
皇族の出入りが多く、そちらに労力を割くので、どうしても守りが甘くなる。
敵が侵入するならばこの日だろうと、当たりをつけていた」
なるほど、誰かがダジャの元へ侵入してくるのは、ある程度予想していたということか。
そして外の見張りを心配すると、気絶をしていただけであったことがわかり、ダジャはホッと息を吐く。
ところで気になるのは、さらに向こうを見れば、通訳の男が控えていたことだ。
なにか話すことがあってのことだろうか?
それとも、もしや明にネファルとの会話を聞かれていたのか?
思案するダジャに、明が意味あり気な表情を見せた。
「お主は愚か者の手を取らなかった。
それを誠意の証としよう」
そう告げられ、やはり会話を聞かれていたのだと知る。
となると、ダジャは試されていたわけで、その試しを潜り抜けたと考えていいのだろうか?
いや、そのことは後で考えるとして。
ダジャが気になるのは、花の宴という催しが、
「花の宴、静は無事か?」
「なんだ、気になるのか?
今まで処遇を聞きもしなかっただろうに」
今まで静のことを気に掛ける発言をしなかったことで、ダジャの心配が唐突に思えたらしく、明に若干の疑いの目を向けられる。
しかしこれとてダジャなりに、色々と考えてのことである。
「皇帝陛下、私よりも静の安全の方が大事、宇が言っていた。
ならば静は大事に守られているだろう?
私の心配は不要、近付く方が悪」
事実、もし静がネファルに妙なことで恨みを持たれ、襲われてしまっては、きっとあっという間にやられてしまう。
あのダジャですら、全く意思の疎通が図れなかったネファルである。
どのあたりに怒りを感じるのか、自分にも全く想像がつかない。
それを考えるとなるほど、宇の言う通り、ダジャが静に近付かないことは正解だったのだ。
「なるほど、それでか」
ダジャの説明に、明が納得できたという顔になる。
明はどうやらダジャを薄情者だと思っていたようだ。
しかし逆に言えば、ダジャは明にそう思わせることに成功したとも言える。
ダジャとて宇の言う通り、己が女人を苦手としているという自覚を今では持っているが、それでもさすがに二人旅をしてきた末に静を放置するほど、薄情者ではないつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます