第355話 ネファル

ネファルが熱を帯びた声で語る。


『あなたをくれると言ったから、話に乗ったのに。

 他国へ売り飛ばすなど、話が違う!

 それでも我が君と再びお会いしたくて、東国の奴らに紛れて長い間あなたを探しました。

 そして、やっと見つけた!』

『……意味が分からぬ』


ダジャはネファルが言っている言葉が、全く頭に入ってこない。

 己は言葉のわからぬ愚か者になってしまったのか?

 いやこれは、これまでに崔国語で言葉が通じないというものとは違うように思う。

 まるで理解不能な怪物と会話をしているような、そんな気分にさせられるのだ。


 ――こいつは、本当にネファルなのか?


 いや、ダジャとて長年副官として共にあったネファルを見間違えたりはしない。

 となると己は長年なにと、時を共にしていたというのか?

 そう考えると、ダジャは身体の芯が急激に冷える思いであった。

 この者は一体なんなのか?

 その疑問が妙に渇いた喉から絞り出すことができない。


『ああ、そうだ』


そんなダジャに、ネファルが思い出したかのように手を打つ。


『手土産があるのです』


ネファルが軽く放り出したのは、二人分の人の頭だった。

 一つは東国人のもの、もう一つは崔国の知らない誰かだ。


『あなたの存在を巧妙に隠されていて、東国の連中も見付けられていなかった。

 コイツらを、あなたを探すのに利用させてもらいました』


ネファルは「なんということもない」といった態度で話すが、利用した末がこの頭だけになった姿なのか。


 ――そうだ、ネファルはこういう面があった。


 敵味方を独自の基準で見分け、首を狙ってとどめを刺すことを好むことから、敵味方双方から『首切りの悪魔』と異名がついた男、それがネファルだ。

 味方であるはずの人間の首を切り、騒動になったのを収めるのに苦労したことが幾度かある。

 それでも有能でありダジャには忠実であるので、その能力を捨てるには惜しいことからダジャに預けられていた。

 そしてだからこそ、このネファルがダジャを裏切るだなんて、思いもしなかったのだ。

 ネファルはさらに語る。


『けれど、あなたを犯したいなどと身の程知らずなことを話していたので、害悪は消さなければ。

 美しいあなたには不釣り合いな、醜悪な者どもです』


東国人に通じている者がダジャルファードの身近に潜んでいたことを、このネファルから知らされた形になったが、到底感謝する気になどなれない。


『ダジャルファード殿下、美しい王子。

 あなたが最も輝くのは戦場だ、血にまみれたあなたは最高に美しい。

 決して王宮などに居るべき方ではない。

 けれどあのままでは、あなたは将来王宮に押し込められ、その美しさは損なわれてしまったはず。

 私はそんなあなたを、お救いしたかった』


ネファルの言っていることの意味が、ダジャには本当にわからない。

 次期国王であったダジャルファードが、将来王宮に据えられることになるのは、当然ではないか?

 王とは玉座にいるものなのだから。

 一時期色々なことが煩わしく、戦いの中に逃げていた自覚はあるが、それでもいずれは王宮に納まる覚悟はあった。

 その覚悟を、ネファルは勝手な理論で捨てさせようとしている。


『私の居場所を決めるのは私だ、お前が勝手に語るのは許さぬ!』

『ええ、ええ、わかっておりますとも。

 きっとあなたはいずれ相応しい場所に帰るのでしょう』


ダジャの怒りに、しかしネファルは少しもわかっていない顔でそんなことを言う。

 話が通じなさ過ぎて、実に気味が悪い、己はこんな男を副官として信頼していたのか?


「アンタは赤ん坊かなにかなの?」


脳裏に響く、ユウのあの率直な言い方を懐かしく思う。

 あの子どもは少なくとも、ダジャになにかの理想を押し付けることを決してしなかった。

 そうだ、かつての己に足りなかったのは、ああした率直な物言いだったのだろう。

 ダジャの周囲の者にとって、軍の仲間たちにとっても、ダジャはいつだって王子であり、王子ではないダジャを探そうとする者はいなかった。

 無知を披露することは許されず、いつだって「皆が期待する王子」を演じていたように思う。

 そのことに今になって気付こうとは、人生はなんとままならないことだろう。


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