第354話 救出

 立彬リビンは棍を操り、相手を追い詰めていく。

 立彬が手にしている武器が剣ではなく、棍であるのが見慣れない気がするが、武器を変えても強いなんて器用な男である。

 それでも相手の男はどうにか立彬の隙を突いて逃げようとする。


「しつこい!」


逃がすまいとする立彬であるが、そこへ宦官を捕らえ終えたダジャがその逃げ道をすかさず塞ぐ。


「ダジャルファード……!」


男がダジャへ怒りの目を向ける。

 雨妹ユイメイがそんな三者の攻防を見守っていると。


「今解く、じっとしていろ」


頭上から声がして、顔を上げるとミンがいた。

 明も一緒だったとは、一体どういう経緯で三人一緒になったのか、雨妹としては気になるところだ。

 ともあれ、明から拘束を解いてもらえた雨妹は、「ぷはぁ!」と大きく息を吸う。

 風通しが悪い布で鼻と口を覆われ、実はかなり息苦しかったのだ。


「あ、立彬様は!?」


雨妹は慌てて立彬に視線を戻すが、立彬が戦っている男はかなりしぶとかった。

 立彬の棍とダジャの体術で追い詰めていくが、なかなかあの男を捕えられない。

 敵の本拠地に送り込まれるくらいなので、恐らくは東国の中でも凄腕なのだろう。

 それでも立彬とダジャの二人がかりには勝てず、やがて捕縛された。


「くそぅ!」


悪態をつく男を拘束するのに立彬は油断せず、男の衣服や口の中を探り道具をいくつか没収する。

 確かに最後の破れかぶれでなにかされては、たまったものではない。

 そこまで終えて、立彬が雨妹の方を振り返る。


「雨妹、無事か」


いつもの調子で問う立彬に、雨妹は肩からホッと力が抜ける。


「はい、お腹が空き過ぎている以外は無事です!」


雨妹の正直な言葉に、今度は立彬の身体から力が抜けた。


「まったくお前は……。

 静も言っていたが、食事をする間もなかったらしいな。

 一応、これだけ掴んできたぞ」


そう言って立彬が懐から差し出した包みの中身はというと。


「饅頭だ!」


とたんに溢れる雨妹の笑顔に、立彬が「しょうのない奴め」とこぼすのだった。


***


ところで、何故この場にダジャがいるのかというと、時は遡る。


『お前、何故ここにいる!?』


滞在する部屋に突然現れた者を前に、ダジャは驚愕の表情になる。

 今目の前にいるのは、見張りではなかった。

 それどころか、崔国の者ですらない。


『ああ、やっとお会いできた、我が君よ』


うっとりとした表情を浮かべてダジャに近付いてくるのは、短い黒髪に浅黒い肌の男――把国人だった。

 見知った相手どころではなく、かつてダジャが指揮していた軍で副官にあった男。

 それはすなわち、ダジャを罠にかけた張本人でもある。


『我が君』


以前は聞き慣れていたはずのこの言葉だが、今は何故か背筋がゾッとしてしまう。

 だがよく見れば、ネファルはダジャが知っている姿ではない。

 片目を失っており、ダジャが知っているこの男には両目があった。


『ネファル、答えよ。

 何故お前がここにいる?』


ダジャが詰問する口調になると、何故かネファルは嬉しそうに笑みを浮かべる。


『我が君、あなたに会いに来たにきまっているではないですか?』


ネファルの言葉を、ダジャは咄嗟に呑み込めなかった。


『なにを……なにをぬけぬけと言うか!

 お前が裏切ったのだぞ!?』


ダジャはそう怒鳴りつける。

 己の至らなさが戦乱を回避し損ねさせたことを、ようやく自覚し始めたダジャであるが、それとこのネファルの裏切りとは話が別だ。

 ダジャが捕らえられた後の仲間たちは、一体どうなったのか?

 無事であるなどという楽観的な考えは、ダジャにも浮かばない。

 このダジャの糾弾は、しかしネファルには響いていないようで、笑みを浮かべたままだ。


『仕方ないではないですか、俺はあなたが欲しかった』


そう述べたネファルの片目が、ギラリと欲のようなものを宿したように見えた。

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