第347話 意外な客人

裏門に向かった立勇リーヨンが見たのは、意外過ぎる二人連れであった。

 一人は宦官の格好をしている男で、その傍らには何故か、雨妹ユイメイが教育している新入り宮女の何静ホー・ジンがいるではないか。

 二人の内の宦官を目にするなり、立勇の肩から力が抜ける。


「誰かと思えば、お前か」


このような姿をしていても、立勇は見間違えたりはしない。

 この宦官姿の男は上手く変装していて認識し辛いが、立勇の同期の刑部官吏である。

 どうせ宴に潜入して、情報収集でもしていたのだろう。

 名乗る名前もしばしば変えるので、今なんと名乗っているのかもわからない。

 それにしても気になるのは、その彼が静を伴っていることだ。


「やあやあ、そちらがウロウロせずにいてくれて助かったぞ。

 ほら、この男であろう?」


男が立勇に手をかざして見せるのに、静はコクコクと頷いた。

 よく見れば、静は髪を乱しているし、服のあちらこちらに土をつけており、どこかで派手に転びでもしたかのような格好である。


「なにがあった?」


いかにもなにか事件があったと言わんばかりの様子に、立勇が眉をひそめていると、静がポロポロと泣き出す。


「あの、助けて、雨妹を助けて!」


そう叫び、静が涙交じりにこれまでのことを語り出した。



袋詰めされた雨妹の一方で、残された静はあれからどうしたかというと。

 雨妹に怒鳴られてから走って走って、息をするのも忘れて走り、苦しくなって咳き込み、ついでになにかに躓いて転んだところで、ようやく足が止まった。


「ゲホッ、ゲホッ……どうしよう」


静は青い顔で地面に頬をつける。

 今日は絶対に雨妹と離れず、一人で行動しないようにと言い聞かされていたというのに、こうして一人になってしまった。

 これから自分は、どうするべきだろうか?

 いや、どうするべきかなんてことはわかりきっている。

 誰かに助けを求めるのだ。


 ――ヤンさんに……いや、楊さんがどこにいるのか、そもそも知らないや。


 楊は今日忙しいと言っていたので、果たしてどこにいるのか?

 今から居場所を探しに行って、会えるのはいつになるのか?

 未だ百花宮の中で知っていることの方が少ない静には、想像もできない。


 ――それに、ひょっとしてさっきのは、あの嫌な奴が襲ったのかも!


 単純かもしれないが、嫌な思いをしたばかりで嫌なことがあったため、静はその二つを繋げて考えてしまう。

 あの静たちに意地悪を言ってきた男は、自分のことを「皇太后が云々」と話していた。

 皇太后というのが、この後宮ですごく偉い人なのだということは、さすがに静にだってわかっている。

 そんな偉い人に関係する事を、誰に相談すればいいのか?


 ――いや、老師がいつも言っていたじゃないか。


 老師曰く、権力に物申そうと思えば、こちらにも権力が必要なのだという。

 なんの力もない民の言葉など、木の葉よりも軽いのだ。

 そうなると、静が助けを求める相手は、権力がありそうな偉い人ということになる。

 偉い人で静がまず思い浮かべたのは、いつか話をした杜という人だ。

 皇帝と話が出来ると言っていたから、きっとすごく偉い人だろう。

 けれど残念ながら、その杜が今どこにいるのか静は知らない。


 ――偉い人、他にも誰かいない!?


 地面に転がったままで静がウンウンと唸った末、ふと脳裏に浮かんだのは、たまに雨妹を訪ねてくる男の姿だった。

 雨妹は、あの男と仲が良さそうだった。

 雨妹とあの人が二人で話している姿を見ていて、静は「宇はどうしているかな?」と思わず考えてしまったくらいに。


 ――あの人の居場所ならわかるもの。


 太子殿下付きだって聞いたから、きっと太子宮だ!

 やるべきことが決まれば、静の目に力が戻ってくる。


「よし!」


静は立ち上がろうとして、雨妹の簪を握りしめていることを今更ながらに気付き、それをお守りのように懐へと仕舞う。

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