第348話 いつの間にやら
そして「さて行こう」となったところで、
「あれ、でも太子宮ってどう行けばいいの?」
静は百花宮内の地理に未だ明るくない上に、がむしゃらに走ったので、今どこにいるのかすら定かではない。
――ああもう、私って馬鹿だ!
早速難問へ突き当たってしまった静は頭を抱え、肝心なところで駄目なんだ、と一人落ち込んでしまっていると。
「おや、先程の娘たちの片割れではないか」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえたので、その声の方へ視線を向けた。
――あ! さっきの人たち!
なんと、そこへ
静はいつの間にか、先程の料理が食べられる場所の近くまで戻ってきていたらしい。
なにはともあれ、これは絶好の機会だ。
「あの、太子宮ってどっち!?
……あ、ですか!?」
拳を握り締め、真剣な顔で尋ねる静に、沈が目を見開いた。
「太子宮はあちらの方角だが、お主は一人か?
一緒に居た娘はどうした?」
「えっと、その、さっき……ふぐっ」
沈にそう問われた静は、説明しようとして網に捕らわれた雨妹の姿を思い出してしまい、じわりと目に涙が滲んできてしまう。
「ああこれ、泣くでない!
なんだ、悲しいことがあったのか?」
静を泣かせてしまったと、沈がオロオロとし出す中。
「太子宮の場所を聞いて、どうするのだ?」
冷静な口調で静に話しかけたのは、沈の供の宦官であった。
宦官の方から話しかけられたことで、静は驚いて涙が引っ込む。
――この人、しゃべったよ!?
静は食事の卓で出会った時からずっと黙ったままであるこの宦官を、人形かなにかのように感じていたのだ。
なのでしゃべる相手だとは思わずに驚いたことと、次いで目的を聞かれたことに遅まきながら気付き、静はなんとか言葉を発する。
「えっと、そこに雨妹と仲良しの男の人がいる、はずなの、です!
あ、雨妹を助けてってお願いする! です!」
本当にあの男がそこにいるのか定かではないのと、慣れないので敬語が飛んでしまうのとで、言葉がなめらかではなく聞きにくいだろうが、宦官は「ふむ」と頷く。
「影たちが騒がしいと思えば、そういうことか。
だが、お前が行ってどうなるというのか?
あちらの宮女の方ならばともかく、お前にはなんの伝手もないのだぞ?」
宦官からもっともな指摘を受けて、静は「あ!」と固まる。
「それはそうかも……じゃあどうしよう」
自分の案は駄目らしいと気付いた静がしょんぼりとする様子を見た宦官が、「はぁ」とため息を吐く。
「仕方ない、来なさい」
手をクイクイと折り曲げる宦官に、静は「もしかして」と目を丸くする。
「あの、一緒に行ってくれるの?」
静の問いに、宦官が答える前に沈が口を挟んできた。
「その場合、我はどうなる?」
「殿下はどうぞお一人でお戻りを」
こちらの問いには、宦官はバッサリとそう断じる。
「……我の扱いが雑ではないか?」
沈がそう言ってしかめっ面をするのに、宦官は表情を変えない。
「どうせ影がどこぞから見張っております。
ですが、どうか下手なことはなさらないように」
「お前、さんざん我を利用しておいてからに、その言い草はないのではないか?」
沈に対して臆することなく言い返す宦官に、静は一人首を捻る。
――あれ、あの人ってこっちの人の下についている人じゃあないの?
不思議な二人の関係に戸惑う静を余所に、二人の言い合いは続く。
「揚州は徐州とならび、外の国へ開かれた地。
きっとちょっかいをかけてくる輩が多いだろうと睨んでおりましたが、案の定楽しい話がたんまりと聞けました」
そう話して微かに笑みを浮かべる宦官に、沈は若干呆れ顔である。
「
「はい、大変感謝しております。
持つべきものは太子付きをしている友人ですな」
「刑部め、のらりくらりと面倒な男よ」
沈は実に嫌そうに吐き捨てるように言う。
そう、この宦官こそ、立勇の同期である刑部官吏の変装した姿である。
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