第346話 太子宮にて

***


場所は移り、こちらは太子宮である。

 ここでも、花の宴は客人を迎えて華やかな様子を見せていた。

 立勇リーヨンは護衛として明賢メイシェンの背後に立ち、宴の様子を観察している。

 こちらに足を向ける皇子や公主のほとんどは、明賢と皇族としての家族の情を確かめ合うというよりも、仕事上の話を目的とした者がほとんどだ。

 明賢が即位した後も、自分たちの実家との取引を継続してもらうべく、彼らは縁をつないでいるのである。

 そうした客人を主に持て成すのはジャン貴妃であり、それぞれの客人と明賢との会話の時間を上手く見計らっていた。

 誰かと長く会話をすると、誰かから「差をつけられた」と不満が出る。

 会話ひとつでも気が抜けないことだろう。

 そろそろ明賢との会話を切り上げてほしくなった頃合いになると、恩淑妃や黄徳妃の庭園へと誘うのだ。

 皇帝の四夫人と違い、太子宮の四夫人は共に明賢を支え、皇帝位に導かなければならない。

 太子の位を狙う皇子は多く、明賢とて安泰な立場ではない。

 そうなると、四夫人たちの身分も同様であり、こうした宴の場で足を引っ張り合っている場合ではないのだろう。

 それで言うと、今年はホァン徳妃宮が協力的なため、江貴妃もやりやすいようだ。

 このように、太子宮の庭園は華やかであるのだが、そんな中で立勇は先程から一人、ずっと神経を尖らせている。

 立勇はソワソワとしそうになる己を叱咤し、じっと立っているように努めているが、これがなかなか難しい。


 ――影たちの気配が、落ち着かない。


 普段、これほど影の気配を感じることはない。

 気配を上手く忍ばせるからこその影なのだ。

 すなわち、それだけ敵が侵入しているということである。

 花の宴は、華やかな庭園の様子とは裏腹に、荒れ模様となっているのが感じ取れる。

 東国か、それ以外の国か、はたまた皇帝位を未だに狙う皇族の誰かか。

 敵といっても、想定される相手は多い。

 もしくは、東国で揺れている時機を見計らい、引っかき回す目的で入り込んでいる輩もいることだろう。

 現皇帝はその戦強さで成り上がった強者であるが、それゆえに敵も多いのだ。


 ――このような状況で、剣を持てぬとは……。


 立勇は腰元が軽いことに、不安を覚えていた。

 花の宴では持ち歩ける武器に制限がかけられる。

 皇族が客人として入ってくるので、武器を持っていると流血沙汰に発展しがちなのだ。

 立勇としても、忍ばせている武器が短剣のみと非常に心もとないので、手に取れる範囲に棍を潜ませている。

 それでも、どうしても癖で腰に手をやってしまい、その手を空ぶらせてしまう。

 それを幾度目か繰り返した時。


「失礼します」


太子宮の宮女が立勇へ近付いてきた。

 その宮女は木簡を持っており、立勇に差し出す。

 見れば、裏門からの言付けのようだ。


 ――裏門に、私の客人だと?


 しかも客人の名が書かれていない。

 わざわざこうして木簡が届けられたということは、重要な客だということだろう。

 そう考えて真っ先に思い浮かぶのは、雨妹の顔である。

 しかしそうであるならば、木簡に雨妹の名前が書いてあるはずだ。

 立勇はこの奇妙な木簡に首を捻りながら、この場に明賢の護衛が十分にいることを確認すると、明賢に声をかけた。


「誰かが私を訪ねてきているらしいのです」


そう言って木簡を見せる立勇に、明賢が微かに眉を上げる。


「雨妹ではないようだね、大事であったらいけないから、行っておいで」

「ありがとうございます」


明賢の許可が出たことで立勇は一礼すると、念のために棍を手に持ってから、この場を離れた。

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