第340話 怒り
「『同情してほしい』とか、『特別な人間だと思われたい』とか、そんな気持ちを顔にデカデカと書いているから、都合よく扱われるんだよ。
アンタは所詮、あの博の寄越した奴だね。
どこまでも自分本位の甘ったれだ」
「なにを……!」
己に王子としての矜持を取り戻してくれた恩人を、唐突に悪し様に言われ、ダジャは反論しようと睨みつけるが、睨み返された宇の目線の圧に、気圧されるように言葉が萎む。
「アンタも
自分は特別な人間だと考える、どうしようもない阿呆の仲間か」
「博だってそうさ。
口では綺麗ごとを言いながら、自分は何家のお坊ちゃまを辞めて、汗水垂らして畑を耕し、粗末なものを食す生活はできない。
そう理解しているからこそ、男娼になろうとも何家の身にしがみつくのさ。
そんな博の我儘を『民のため』だなんて言い訳に使われては、民の方が迷惑だろうよ」
宇のいっそ穏やかにも聞こえる話が、しかし耳の奥から身体を震わせる。
――これは、本当に子どもか?
まるで老獪な怪物を相手にしているような、恐れすら抱くような、宇のこの威圧感はなんだ? ダジャはいつのまにか、脂汗を滴らせている。
怒り心頭のその先を行く宇を治めたのは、
「宇、どうしたの?」
「静静! 僕の最愛!」
この呼び声に、宇はそれまでの怒りを放り投げて静の傍に膝と両手をついて顔を覗き込む。
無残な姿であるのに宇を心配する静を見て、ダジャはなんとも言えないドロリとした気持を持て余す。
しかし口から出たのは、その気持とは別のものであった。
「お前たちを連れて何処かへ逃げよう。
私は今度こそ、博との約束を果たす」
ダジャの贖罪からの申し出に、しかし批難の声を上げたのは静であった。
「逃げる? こんな目に遭わされて、私に負けを認めろっていうの?
冗談じゃない、そんなのは嫌だ!」
床に臥せたままであるが、とたんに声を荒げる静に、ダジャは「子どもは考えが浅い」とたしなめようとした。
しかし――
「まあね、このまま逃げても後味が悪い」
なんと、宇までもが静の意見に賛成する。
「何故だ、言いたくはないが、このままではここは東国になるのだぞ?」
そう、東国の手に落ちた把国のように。
このダジャの意見に、宇はしらけた目を向けてきた。
「それがなに?
このあたりの連中は案外図太いから、州城の主が変わったところでどうってことない。
最初は文句タラタラだろうけれど、そのうち慣れるもんさ。
この土地は、そうやって昔からずぅっとやってきた」
宇はそのような楽観的な意見を述べておいて、「けど」と語気を強める。
「変わり方をちゃんとしなかったら、起きなくてもいい戦乱が起きる。
まあ、実際もう起きているんだけれど。
統治能力がないんだったら、とっとと手放せば傷も浅かったのに。
僕らがそれに巻き込まれて、今後の人生をああだこうだと言われるなんて、冗談じゃない!」
そう詰ってくる宇だが、ダジャには宇の言わんとすることがわからない。
他国に征服されることが「どうってことない」とは、なんという言い草であろうか? それに変わり方とは、奇妙なことを言うものだ。
これまでのやり方を変えようとする者は反逆者であるのだから、それに抗いこそすれ、反逆者のやり方を気にする必要がどこにあるのか?
そのような思いが心に浮かぶダジャの一方で、宇は考えるようにこめかみを揉んでいる。
「やっぱり、頼るべくは『英雄皇帝』か。
皇帝陛下なら、落としどころを見つけてくれるかもしれない」
宇の呟きに、静が目を輝かせた。
「……! うん、『英雄皇帝』様ならきっと助けてくれるよ!」
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