第339話 心の奥
しかし里の者たちに対しては優しく素直な子どもであり、年寄りばかりで子どものいないこの里で、たいそう可愛がられていた。
ダジャと他の者たちへの、この態度の違いはなんだろうか? 戸惑っているダジャに、ある
「宇は、
この意見も、まったく理解不能だ。
博は己が売られていく身であるにもかかわらず、この姉弟のことを案じていた。
そんな相手を、宇は何故嫌えるのだろうか?
「恩義というものを知らないのか!」
憤慨するダジャに、静が困ったように眉を寄せた。
「宇はちょっと変わったことを言うけれど、正しいところもあるんだ。
でも面倒臭がりだから、ちゃんと話さないから誤解される」
こちらもまた意味の分からないことを言うものだ。
この娘はきっと姉として、自分だけでも弟の味方をしてやりたい一心なのだろうと、そうダジャは考えた。
そのように賢しい風な事を言う女は、ろくな者ではない。
『どうせいずれ滅びゆく国でしょう?』
あの東国の姫の言葉が、記憶の底からダジャの脳裏に響いてくる。
そうだ、把国でも全てはあの女が狂わせた。
あの女が連れてきた医者とやらの「第一王子には子種がない」という言葉も、何故皆信用したのか? 東国の技術がどれ程の物だというのか?
そんなものより、把国に古より伝わるまじないの方が、よほど信頼が置けるというのに。
東国者の馬鹿らしい意見が通ってしまうくらい、故国は既に毒されていたのだ。
ふと気が付けばそのように考えてしまうダジャは、東国の姫がきっかけでかなり女性嫌いを拗らせていたのだが、当人にはその自覚がなかった。
故に静と宇の姉弟を守ると口では言っても、宇を苦手に思っていても、女である静の方をより避けるように行動してしまう。
そうして避けた故の距離感が、敵に付け込まれる隙を与えたのも確かであり、それが事件を呼び込むことになる。
目を離した隙に、静が州城側へ攫われてしまったのだ。
いや、目を離したつもりはなかった。
ダジャの身の上に感じ入るものがあるらしい親切な里の者が、「お前さんにも休息が必要だ」と労りの声をかけてくれて、それに甘えただけなのだ。
静の身柄は、気付いてすぐに動いたダジャや里の者たちの手で助けられたものの、奴隷として売り払われる寸前であり、なんとも無残に髪を切られていた。
思えばダジャは王子として暮らしていた頃、責任を取る者は他に大勢いた。
なにかの計画に参加しても、報告書で結末を確認するのみであった。
王子たるもの細事に気を取られることをせず、それで良いと言われていたのだ。
しかし今、己の行動の末を確認するのは、己しかいない。
ダジャが己の行動の結末を、まざまざと見せつけられた瞬間である。
家に運び込み床に臥せた静の周囲には、宇とダジャだけがいた。
老師など他の大人は、この里が州城から目をつけられたのは問題のようで、今後どうするのかの話し合いで揉めている様子である。
――私が、ちゃんと見ていなかったからなのか?
いや、それでも、このようにまで幼い娘を辱める必要がどこにあるというのか?
そうだ、そもそも悪事を働く者が最も悪いと決まっている。
――なんと哀れなことになったのか、可哀想な静よ。
そのようにして心の衝撃を逃がそうとしているダジャを、しかし宇は許さなかった。
ガガァン!
気付けばダジャは宇から木剣で激しく打ち付けられており、それは子どもとは思えぬ剣の重さであった。
木剣を受けて痺れる腕を庇うダジャへ、宇がその木剣を突き付けてくる。
「元王子だかなんだか知らないけれどな、口先だけで『守る』だのなんだのと、そんな奴はいない方がマシだね!
むしろアンタがいたから、里に隙ができた!
里に裏切り者がいることくらい、こっちは承知だったっていうのに、アンタが引っかきまわしたせいでこうなった!」
宇は怒りが深まる程に顔色が青白くなっていく。
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