第338話 変化

ある時、東国から視察に来ていた高貴な者がボゥを気に入り、連れ帰ると言い出した。

 その際にダジャは博の供として同行を求められたが、何故か博がこれを拒否する。


「この奴隷には、正直飽きていたのです」


東国側にはそう告げた博であったが、その裏でダジャに語った。


「あなたは私が動かせる唯一の兵だ。

 とある里にジンユウという姉弟がいる。

 どうかあの子たちが辛い目に遭わないように、守ってあげてほしい」


曰く、博たち何家というのは、この苑州を治めている一族なのだという。

 自分がここから去ると、もう何家に残されたのは静と宇しかいなくなってしまうのだそうだ。

 博が身分ある者だとは思っていたが、まさか統治者一族が男娼をしているとは、ダジャは信じられない思いだった。

 そんなダジャに、博は悲しみの表情を向ける。


「苑州に暮らす民のために耐えるのは、私までで良い。

 あの子たちにはただ、幸せに暮らしてほしいのです」


そう述べた博を見て、ダジャは故国で味わった口惜しさがまざまざと甦ってくる。


 ――そうだ、私はあの時間違えた。


 もっと民の暮らしと向き合うべきだったのだ。

 そのことをこの時に至って理解しようとは、まったくもって遅すぎた。

 しかしここで博の助けになれれば、過去の己を多少なりとも濯げる気がした。


「わかった、私がその子どもたちを守ってやる」


そして気付けばダジャは、博にそう約束していたのである。



そのような訳でその姉弟の元へ訪ねていくことになったダジャだが、形としては博に捨てられた奴隷であるので、装備などをろくに持たされることはなかった。

 姉弟が暮らす場所への道はかなり険しく、難儀をしながらその里を目指す。

 そこから先の流れは、おおむね宮城にて崔国の者たちへ語った通りである。

 しかし一点だけ語らずにいた、ダジャにも想定外であったことがあった。

 それは、何宇という子どものことだ。

 ダジャは里へ着いたはいいが、里の者は突然やってきた見慣れぬ異国人を警戒した。

 それでもなんとか里の長老である老師と話をすることができて、博の文を見せたことでようやく信じてもらえる。

 その後、やっと噂の姉弟に引き合わされたのだが――


「それでアンタ、なにができるの?」


弟の宇がダジャを見て、ニコニコした笑顔で最初に言った言葉がこれだ。

 しかもダジャの方が見上げるほどに背が高いはずなのに、何故か宇から見下されているような心地である。

 このような態度をとられ、ダジャはムッとして答えを返す。


「私はダジャルファード、把国の次期国王だ……であった」


最後を言い直してしまったのは、既に把国はもうないだろうと考えたからだ。

 決して、宇の視線に気圧されたからではない。

 それに言ってみたものの、奴隷になってこれまで「王子である」という言葉を信じてくれた人物は、博だけだ。

 宇はこの様子だと信じないだろう、とダジャは半ば諦めていた。

 しかし、宇が「ふん」と鼻を鳴らして告げたのは。


「それはアンタの過去の肩書きでしょ、くっだらない。

 そうじゃなくて、アンタの能力はなんだって聞いているの!」


 ――くだらない、だと……!?


 ダジャは「王子」であるという言葉を馬鹿にされたことは多くあれど、「くだらない」と断じられたのは初めてだ。

 把国の次期国王であるダジャは国元に居た時、ただ存在するだけ、生きているだけで価値があるはずだった。

 未だ引きずっていたそんなダジャの価値観を、宇は初っ端からバッサリと切り捨てたのである。

 それでも沈黙は相手の意見を受け入れたことになると、ダジャはなんとか言葉を紡ぐ。


「剣を振るい、軍を率いて悪党共を退治してきた」

「剣は護衛くらいかな。

 軍を率いる能力はアンタだけの力じゃないし、あてにならないかぁ」


だがこれも、宇は再びバッサリである。

 

「博め、どうせならばもっと役に立つ奴を寄越せばありがたがってやるのに、ほんと使えない」


そして言うに事欠いて、姉弟の身を案じていた博の行為を「使えない」と断じるとは。

 なんという不遜な子どもかと、ダジャは拳を握りしめ、宇に向けて振りかざそうとしていた、その時。


「宇、意地悪なことを言っちゃ駄目!」


眉間に子どもらしからぬ皺を寄せる宇に、姉の静が指を突き出して宇の眉間をグリグリと揉む。


「里の外のお話が聞けたら、楽しいかもしれないじゃない」

「はぁい」


静に叱られた宇は、ふくれっ面をしつつ渋々と頷くのだ。

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