第337話 買われた地
その後、ダジャはルシュと東国の姫の手によって奴隷商に売られ、あちらこちらを転々とさせられる暮らしとなった。
粗末な食事しか与えられず、身体は次第に衰弱していく。
人間ではなく商品として扱われることで屈辱も味わい、心が擦り切れていく。
ダジャの身柄は幾人もの奴隷商に転売され、やがて元の身分を知る者はいなくなっていく。
ただ「私は王子だ!」という妄言を吐く男であり、言う事をきかず奴隷であるということをわかっていない。
他からはダジャはそういう認識であり、「売れ残り」と他の買われてゆく奴隷からも馬鹿にされる始末である。
そして転売される中で、東国の他国への手出しの手口も多く見てきた。
東国は弱体化した国には、軍隊を送り込んで強制的に属国化を行う。
手を出してみたものの強靭な反応が返ってきた国には、素知らぬ顔で友好面をしつつ、政変を促すように内部工作を行う。
その内部工作の手段として使われるのが、あの「特別な煙草」であった。
つまり、把国は東国軍が進軍してきたはるか以前から、侵略行為を受けていたのだ。
それに気付かなかった己がいかに間抜けであったのかを、今になって知ることになる。
ダジャはようやく己が怠惰であったことを、自ら理解するに至ったのであった。
――我が国の民らは、今どうしているだろうか?
ダジャに石を投げた者たちとて、今になって悔やんではいまいか?
東国に踊らされ、一時の激情に駆られただけで、あれらも国の民であったのに。
何故かつて己は、かれらと話し合うことをしなかったのか?
今になって、そのような後悔が押し寄せてくる。
そうして「売れ残り」として各地を転々とした果てに、たどり着いたのが崔国の苑州である。
そこで東国兵の慰み者となる奴隷を求められている中、線の細い弱そうな少年――
皮肉なことにダジャは東国の奴隷商に転売される内に、東国語を話せるようになっていたので、片言の東国語を話す博と会話をすることができた。
「何故自分を買ったのか?」
そう尋ねるダジャへの博の答えは「同情」だった。
「あなたは、元は高貴な生まれなのでしょう?
それでそのような……なんだか他人に思えなくてね」
そのように優しく語る博に、しかしダジャが抱いたのは反発心だ。
博とて、恐らくは身分のある生まれなのだろう。
それなのに砦で男娼として扱われている姿を、ダジャは嫌でも見るようになる。
その彼に、ダジャは同情されたのだ。
買われたことでダジャの生活はマシになったものの、王子としての誇りだけが己が己である証であったダジャには、「お前も男娼みたいなものだろう」と、そう突き付けられるとは、なんという屈辱であろうか?
ダジャはこの時には他人の親切を素直に受け取れなくなっており、なにをするにも捻くれていた。
博はそんなダジャに東国語を交えて話し相手となることを求め、ダジャの方も会話をすることで崔国の言葉を覚えていく。
最初はてっきりそこが東国内だとばかり思っていたダジャは、言葉を覚える過程で崔国の外れなのだと知った。
崔国ならば知っている、昔よく海賊退治で出会った、風変わりな女船長の母国ではなかったか?
ともあれ、東国の外まで流されてきて、誰も己の事を知らないのであれば、逃げるのも容易なのではないだろうか?
ダジャの中にふとそのような考えが浮かぶが、これに否を唱えたのは博であった。
「逃亡奴隷には辛い罰が下る。
連れ戻された後のことを考えるべきだ」
崔国でも奴隷は厳しく管理されており、逃げればその扱いはより悪化する。
その上、人の出入りには決まりがあり、この国に住まう民である証の無い者には、州境を越えられないどころか、大きな街にも入れないという。
当然その証を持たないダジャには、州境を正式に超えることができない。
州境など強引に突破できなくもないが、そのような危険を冒してまで、一体どこへ行くというのか?
そのように説明されると、ダジャとしても黙るしかない。
それにこれまでの長い奴隷生活で、かつて鍛えていた肉体も見る影もない。
逃亡の末に戦闘となると、果たしてどこまで戦えるものだろう?
悩んだ末に逃亡は諦めたダジャであったが、ここで逃亡を引き留めた博の思惑を、やがて知ることとなる。
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