第336話 裏切りの故国

「腐った血」


ルシュが繰り返すこの言葉の意味が、ダジャにはわからない。

 ただ境遇に不満を抱いたルシュが反抗する理由として生み出した、正当なる王家を貶める方便だと考えていた。


 ――やはり王家の血を歪めたから、このようなことになったのだ……!


 ダジャがそのように怒りを抱いていると。


「あら、あなたったら。

 まだそんな人の相手をしていたのね、物好きですこと」


女性の声が響き、新たにこの場に現れたのは東国の姫であった。


「それにしても、ここにもいい風が吹くようになったものね、気分がいいわ」


続いて東国の姫は、瓦礫の山となった王宮と外街の景色を見てそう言い放つ。

 これを聞いたダジャは、頭が煮え立ちそうになる。


「侵略者め、よくも我が国を踏みにじったな!

 やはり異国の者を王家に入れてはならなかったのだ!」


できるならば東国の姫へ掴みかかり、引きずり回してやりたいと、ダジャは檻に何度も体当たりをした。

 しかし、東国の姫はこのダジャの剣幕を恐れるどころか、コロコロと笑う。

 そして次いで紡ぎ出された言葉は、到底信じられないものだった。


「あらあら、まだそんなことを仰るなんて、少々頭が弱くていらっしゃるのかしら?

 だって、王宮や街を破壊したのは、この国の民でしてよ?」


東国の姫の言葉は、ダジャに大きな衝撃をもたらす。


「なにを、なにを言うか――」

「けれど、彼らが怒るのも当然よね?

 自分たちは食うや食わずの生活をしているのに、王宮周辺の者たちは贅沢三昧。

 一体誰のお金で贅沢をしているのか、知っていたのかしらね?」


ダジャが反論しようとするも、東国の姫はそれに言葉を被せてくる。


「これで王子だなんて笑えること、まるで子どものごっこ遊びね」

「……違う」

「殿下が東国兵と戯れている間に、煙草で骨抜きにされた王宮と外街は、あっという間に落ちたものね。

 あまりにあっけなくて、いっそすがすがしいほどに」

「……やめろ」

「あなたは国に捨てられたのよ、王子様」

「違う! なにを、なにをぬけぬけと侵略者め!」


ダジャは駄々をこねる子どものように叫び、首を振った。


「どれほど己を正当化しようと、兵を出してこの地を辱めたことには変わらぬ!

 何故このようなことができるのだ、きさまも、お前も!」


東国の姫とルシュを睨みつけるダジャであったが、これに東国の姫は微笑む。


「何故って、わたくしは自分の国が欲しいの。

 本国の兄姉に煩わされない、わたくしの国が」


まるで「玩具が欲しいのだ」と無邪気に話す幼子のような、慈愛の笑みすら浮かべる東国の姫に、ダジャは怒りを通り越してゾッとした。


「それでいうと、ここはうってつけね。

 どうせいずれ滅びゆく国でしょう?

 滅びる国を、わたくしが頂戴してなにが悪いのですか?」


このように話す東国の姫のことも、その隣に寄り添うルシュのことも、ダジャには全く理解できない生き物に思えた。



 その後、ダジャが檻に入れられたまま元外街の中を荷車に載せられて移動していくと、どこからかこちらを見ていた者たちが石を投げてくる。

 最初はパラパラとしたものが、やがて石の雨となる。


「なにが王族だ!」

「国から出て行け!」

「王宮と外街の怠け者め!」

「ルシュフェル様に栄光あれ!」


口々になにかを叫びながら石を投げるのは、把国の民だ。

 把国の民が、ダジャを悪し様に罵ってくる。

 何故なのだろう?

 特別な職能を持った一族は国の宝、それを厚遇することのなにが悪いのか?

 一族以外の者との婚姻は許さず、破った者は最悪死罪。

 これは国を守るのに必要な方法であったはずだ。

 それがどうして、このようなことになったのだろうか?

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