第335話 第二王子

その後気が付いたダジャには鎖が巻かれた姿で、檻に入れられていた。

 檻の外に人の姿があり、それが第二王子ルシュフェルであるとわかる。

 彼は檻の隣に優雅に椅子に座っており、手に握る鎖を引くと、ダジャの鎖が引っ張られる。


「兄上殿には見えますかな、良い光景でしょう?」


笑顔のルシュが手をかざして示した先にあるのは、無残に焼け落ちた王宮と、東国の兵士に蹂躙されている外街の様子であった。

 その光景に、ダジャが声もなくただ目を見開くしかできない。


「こうして流された血で、澱んで腐った血が洗われていくようだ、そう思いませんか兄上殿?」


ルシュが鎖の先をもてあそびながらダジャに話す様子を見て、ダジャはようやく悟る。

 この事態を招いた元凶が、この男であるということを。


「きさま、このようなことをして許されると思うているのか!」


檻の中から怒鳴るダジャに、しかしルシュは微笑みを返す。


「おかしなことを仰る兄上殿だ。

 許すもなにも、誰かに許される必要性を感じませぬ」


そう言ってダジャを射抜くように見つめる視線には、ゾッとする冷たさが宿っていた。


「開き直りか、みっともない。

 きさまは国王陛下を、父上を殺したのか!? 多くの罪なき者の命を奪ったのか!?」


それでも檻の中から糾弾するダジャに、ルシュは微笑みを崩さない。


「罪なき者とはおかしな仰りよう、冗談にしては上等だ。

 この地に巣食っていた腐った血を維持するために、どれだけの民が踏みつけられ、命を落としていったものか。

 兄上殿にわかりますか?」

「……?」


ダジャにはルシュがなんの話をしているのか、全くわからない。

 怪訝そうにするダジャに、ルシュが幼子に向けて話すかのように、優しく語りかけて来る。


「兄上殿、ご存知でしたか?

 あなたが嬉々として狩っておられた盗賊という存在は、元は全て善良なる国民でございます。

 それが病や貧困で身を立てられなくなり、他者の実りを奪うしか選ぶ道が見えなくなったのは、国の怠慢というものでしょう」


ルシュの話すことは、ダジャには理解できない。

 盗賊は盗賊、悪党ではないか。

 それが元は善良な民だというのか?

 呆然とするダジャに、ルシュは「仕方ないなぁ」という表情になる。


「兄上殿の世界は狭く、国とはこの王宮を指すのでしょうね。

 しかし国民のほとんどは、王宮でも外街でもない、貧しい村で暮らす者たちなのです。

 つまり、兄上殿は民殺しを繰り返されていた凶悪な殺人鬼ですね」


殺人犯呼ばわりされたダジャは、檻の中であることも忘れてルシュに突進しようとして、檻に身体をぶつける。


「そんな誤魔化しに惑わされるものか!

 元は善良なる民であるのが真実だとしても、盗賊に堕ちたのは心が弱いからだ!

 その者たちの弱さが悪いのだ!」

「はっはっは!」


ダジャが説き伏せようとするのに、しかしルシュは大笑いをする。


「なんとお可愛らしいことを仰るのだろう、まるで幼児の癇癪のようだ。

 それにしても、兄上殿は頭に血が上っているように見受けられるが、どうです?

 煙草でもやって落ち着かれては」


ルシュがそう言って手を叩くと、どこからともなくやってきた側仕えらしき女がルシュの前に跪き、布に包まれたなにかを差し出す。


「さあどうぞ、兄上殿」


その煙草とやらは、ダジャが見たことのない代物であった。

 葉で巻いてあるものではなく、それに異臭がする。


 ――待てよ、「煙草」だと?


 東国が攻めてくる前に見た、外街の様子が思い出される。


「それも、きさまがやったのか……!?」


噛みつくように叫ぶダジャに、ルシュが大きくため息を吐く。


「ああ、やっとおわかりになりましたか。

 王宮の者たちはどうしようもなく鈍くていけない。

 助言を差し上げたのに、全く動くことがなかった。

 実に残念です」


そう告げたルシュは椅子から立ち上がると、檻越しにダジャの顎を強引に掴んでくる。


「この国を体現したかのような兄上殿、この国をあなたと共に逝かせたくないのです」


まるで憐れむようなルシュの目が、ダジャには憎らしく映った。

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