第341話 ダジャと宇

それからユウは、ジンの身の安全の保障と引き換えに、お飾り大公位につくことを了承したため、州城へ住まいを移すこととなった。

 宇を州城側に差し出すことになった事態は、老師たちを大層口気落ちさせていた。


「よもや、先手を打たれるとは……!」

「いや、我々の悲願は変わらぬ」

「そうだ、これを好機とするのだ!」


そこかしこで集まってはそのような話をしている里の者たち――特に、目をギラリと血走らせている老師は、宇と静の今後の身の安全を心から心配しているようには、ダジャからは見えなかった。


 ――この里は、もしや普通の集落ではないのか?


 疑問を抱いたダジャに、宇は呆れた顔を向けてくる。


「今更それに気付くの? 遅くない?

 ここは『反乱して自分たちが偉くなりたい!』って考える人たちの集まりだよ」


なんと、それはすなわち反乱軍の拠点ということになるまいか?

 反乱軍とは、かつてのダジャにとっては敵である。

 何度そのように名乗る者たちを捕らえ、処罰したものか。

 そのような敵の集落に身を寄せていたという事実に、ダジャは愕然とする。

 反乱軍とは思考が浅慮で残忍、生かしておくと害悪でしかない。

 ダジャはそう教えられていたし、信じてきた。

 しかしこの里で暮らす人々は残忍ではなく、日々の暮らしを素朴に繰り返していた。

 それはダジャが時折目にした、把国の外街の人々と変わりがない。


 ――そうだ、私は実際に反乱軍の連中が残忍である様子を、この目で見たことはない。


 全ては部下や王宮の者たちからの進言である。

 このことに思い至り、ダジャはさらに愕然とするのだった。

 このような状態のダジャを、宇は州城へと連れて行くという。

 曰く、「この里に残してもろくなことにならない」とのことである。

 ダジャはそれでは、今度こそ「守る」という言葉を実行しようと心に決めた。

 しかし――


「ああ、これだけは言っておく。

 僕が指示する以外で静に近付くな」


州城への見張りに囲まれる中での道のりの中、宇が冷たい視線でそのように言ってきた。

 ちなみに二人が今いるのは、州城から迎えとして寄越された荷車に多少マシな箱がついたといった様子の馬車である。

 しかし険しい山道が続くので、馬車は頻繁に役立たずとなり、降りて歩かなければならない。

 しかもこの馬車には静はおらず、別行動であった。


「何故だ、州城ではあの娘こそ危ういだろう」


汚名を濯ごうとするダジャは、そのように疑問を口にする。

 宇ならばともかく、それより人質としての価値の劣る女である静の身を守れなどという約束を、あちらが守るとは思えない。

 ダジャは当然のことを話したのだが、これに宇は「ふん」と鼻を鳴らす。


「もっともらしいことを言っているけどさぁ、気持ちが顔に出ているよ。

 アンタも女人差別者でしょ?

 どんなことにも鈍いアンタでも、同類の行動はよく読めるってことらしいね」

「なっ、なんという侮辱か……!?」


宇の言いざまに怒りが湧いたダジャは、カッと顔を赤くした。


「無自覚ってこと? 余計に質が悪いね」


だが宇はそんなダジャの様子に、しらけた目を向けてくる。


「女は自分より下にあるべきだ、女は己に従うものだ、女に馬鹿にされては生きていけない。

 そのように女と己の立ち位置に拘ることを、女人を差別しているというんだけれど、知らなかった?」

「そのような戯言――」

「ああ、『女は男に比べて劣っている生き物なんだから、男が導いてやっているんだ』とかいうのはいらないよ。

 その後の口論までだいたい予測できるし」


まさにそう言おうとしていたダジャであったので、宇にピシャリとその言葉を禁じられたことで、続きをなにも言えなくなる。

 そんなダジャを宇が冷めた目で見てから、ひとつ息を吐いて話を続ける。


「アンタが考えることくらい、ちゃんとこっちだって考えているさ。

 静にも話しているしね、城の連中は静を放置して死なせても構わない、くらいに考えているだろうって。

 けど、静はあれでしぶとい。

 伊達にあのクソ爺の元で育っていないよ」


そう語る宇は、ふと表情を和らげる。


「あの爺から離れられるのだけは、今回いいことかな。

 いつまでも爺に保護者面されていたら、静の教育に悪いし」


そのように告げる宇のことが、ダジャはわからない。

 里では貧しいながらも、老師を始めとする周囲の大人たちは宇を大事に育てているようであったのに。

 その宇は今の所、あの里を恋しがる様子を全く見せない。

 一方で、ダジャは今でも夢に見る。

 自分が幼い頃、ルシュフェルも東国の姫もいない、平和な故国のことを。


 ――薄情な子どもだ。


 そんな子どもだから、案外静と一緒にいなくて済むと、清々しているのだろう。

 そう、ルシュフェルが鬱陶しくも憎かった己のように。

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