第329話 また誰か来た

 なんと、二度までも食事の邪魔が入ろうとは。


 ――今度はなんだ!?


 雨妹ユイメイは表情を取り繕えずに思わず声の方をギロリと睨むと、視線の先に新たに現れたのは、見知らぬ宦官であった。


「そこの宮女、一緒に来い」


宦官は雨妹の方が自身に従うことを当然であるような態度で、事情や理由などは一切口にせず、ただ顎先を振って促してきた。

 さらにはこの場には明らかに皇族とわかる人物がいるのに、そちらに対して礼を尽くそうともしない。


 ――嫌な感じの人だな。


 皇族相手に平然と無礼をしてのけるなんて、雨妹としては関わりたくない部類の相手である。

 しかしシェンはこのように自身を軽んじられたというのに、あからさまに嫌な顔をせず、あちらへやわらかく声をかけた。


「この者たちとは、私が先に話をしていたのだ。

 割って入るとはそなた、いささか礼を失しているのではないのかな?」


沈の指摘に、しかしあの宦官は口の端を上げる。

 この皇族相手とは思えぬ不遜さに、雨妹は眉間に皺を寄せる。


「わたくしは皇太后陛下の意により動いているのです。

 この百花宮で、あのお方のお言葉こそ至上であり、これより重いものなどございませぬな」


そしてこの発言である。

 なるほど、この人は皇太后の看板を掲げて動くと周囲が自分を避けていく様子を、「自分自身を恐れて避けているのだ」と勘違いする輩なのだろう。

 得てしてこういう人が色々な所で、事態をややこしい方へと誘導するのだ。

 沈はこの宦官の意見に、困ったように微笑んで見せた。


「ほぅ、この百花宮の主は皇帝陛下であるぞ。

 客人が多くいる今日という日に、そのような個人的な考え方を大声で喚くとは、なんという皇太后陛下の品位を下げる行い。

 そなたのような勝手者がいるとなれば、皇太后陛下もさぞかし迷惑なことであろうな、お気の毒に」

「なっ……!?」


沈がこのように述べて「ほぅ」とため息を吐くのに、宦官が怒りで顔を真っ赤にしている。


 ――まあこの場合、沈殿下の意見が正しいよね。


 百花宮内のそれぞれの陣営の意見や矜持はともかくとして。

 関係者だけの集まりの中で「百花宮の実質の支配者は私だ!」と自慢するのと、客人が多くいる中で「皇帝ではなく私を上に見るように」と主張するのとでは、全く意味合いが違うだろう。

 皇太后陛下や皇后陛下とて、公式な場では「皇帝陛下こそ国で最も尊い人である」という公式見解の立場を崩さないだろうし、それが品ある行いというものだ。

 この正論に、この宦官は頭に血を上らせたらしい。


「おまけの皇子め!

 きさま、誰のお情けで今の立場にいると思っておるか!」


唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴りつけるのは、どこからどう見ても負け犬の遠吠えに思える。

 しかし言っていることは実に不穏だ。


「お情けとはなにを指しているのか、我は乞われて今の立場にいると認識しているが?」


沈はそんな宦官の勢いには付き合わず、そう述べて小さく欠伸すらしてみせた。

 どうみても沈の方が格が上である。

 それにしても、沈の身の上とは無関係である雨妹には、面倒なことこの上ない。

 この場で子どもの喧嘩のような真似をしないでほしい。

 そして、この宦官がなにを狙ってわざわざここまでやって来たのか、それも気になる。

 暇な宮女など、今日はただ楽しそうに笑っているだけがお仕事の人たちが、そこいらにずらりと揃っているであろうに。


 ――厄介事の気配からは、逃げるに限る!


 というわけで。


「あの、生憎と私どもは仕事があるので、もう戻らねばならないと思っていたところでして」

「それはいかんな、宮女の仕事を邪魔したとあっては、我も監督者から注意を受ける。

 さあ、行きなさい」


雨妹が申し訳なさそうな顔で告げるのに、沈がそう促してくる。

 この隙を逃すまいと、雨妹はジンと一緒にこの場を離れた。


 ――ああぁ、さよならご飯たちよ!


 ただし、心の中では泣いていた雨妹なのだった。

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