第323話 今年はお仕事があります

花の宴が始まると、どの庭園でも華やかな様相を見せていた。


「今年の花も、見事に咲いたこと」

「本当ですわねぇ」


妃嬪や皇族たちが華やかな衣装を身にまとい、このように花を眺めながらお喋りに興じている。


 ――なんだか、フワフワとした気分になるなぁ。


 雨妹ユイメイはその様子を横目にして、そんな風に思う。

 最近の雨妹の周囲では物騒な話題に事欠かなかったので、その落差がどこか夢見心地のような気分にさせるのだ。

 いや、物騒さを現在進行形で抱いているからこそ、皇帝はこうやって華やかさを演出して、「我々は全く危機でもなんでもない」と国民に広く知らしめようとしているのかもしれない。


 ――そういう演出も、時には大事だよねぇ。


 そのように考えている雨妹であるが、実は去年と同じようにボーッと立っているだけのお役目ではない。

 前回は賑やかし要員であった雨妹も、今回はちょっとだけ出世をしたということで、役目が与えられていた。

 そのお役目とはずばり、皿洗いである。

 なにせ皿といっても皇族の接待に使われる皿であり、当然高価な品々である。

 それを洗うのはかなり神経を使わねばならず、普段であればこれらの食器専用の皿洗い係がいるのだ。

 けれども花の宴では彼女たちだけでは追い付かないということで、補充要員に抜擢されたのが雨妹である。

 普段の丁寧な掃除態度が評価されたというのが、ヤンの意見であった。


 ――それに、裏仕事をしていた方が目立たないもんね。


 楊はその辺りも考慮したのだろう。

 とはいえ、実際に皿を洗うのは正規の皿洗い係で、雨妹はその皿を拭う係である。

 そしてその補助をするジンの仕事は、積んである皿がうっかり割れないように見張るのだ。

 なにせバタバタと人の出入りがあるので、静の役目も地味に大事だった。

 危ないと思ったら、さっと皿を持ちあげて誰かとぶつかって割れるのを回避しなければならないのだから。

 そんなわけで忙しくしている雨妹は、高貴な方々を観察するばかりではいられず、皿を拭いては宴の卓へと持って行って、ということをずっと繰り返していた。


「ちょいと、ここの皿を運んでおくれよ」


またもや雨妹に皿洗い係から声がかかる。


「はい!」


これに元気よく返事をした雨妹は皿を持ち、静がそれに付き従うように出かける。

 この二組体制は雨妹たちだけではなく、皿を運ぶ時の基本体制であったりする。

 誰かとぶつかりそうになった時には、皿を持っていない方が身を投げ出して皿を守るのだ。

 雨妹たちもどちらが皿を持つかを話し合ったが、「緊張して落としそう」という静の意見を取り入れ、こうなった。

 慎重な足取りで皿を持って行く間、幸いにも誰にもぶつかられることなく会場に到着する。

 皿洗い場は各所に設置されている花見場所ごとにあり、故に雨妹たちが皿を運ぶ場所も決まっているのだ。


「お皿を持ってきましたぁ!」

「ああ、そちらはそこに置いて、こちらを持っていきなさい」


雨妹が卓を整えている女官に声をかけると、流れるように汚れた皿を手渡され、雨妹たちはまた来た道を慎重に戻る。

 これを数回繰り返したところで。


「ご苦労さん、そろそろ落ち着いてきたし、ちょいと休憩しておいで」


皿洗い係からそう言われて、雨妹と静は二人してホッとした顔になる。

 やはり、慣れない仕事は気を使って肩がこるのだ。


「「ありがとうございます!」」


雨妹と静は声を揃えてお礼を告げ、洗い場の外へ出た。

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