第十章 争乱の宴
第321話 軒車行列
今年も、花の宴が開催される。
その開催の合図といえるのが、百花宮の門前にずらりと並ぶ、軒車やら荷車の列であろう。
普段は開かれていない皇帝の後宮の門が、この時ばかりは里帰りをする皇子や公主に向けて開かれるのだ。
当然当人たち以外にもお付きの者が大勢従えられてやって来るので、その人数はかなり多い。
そのため彼らの荷物を積む荷車もかなりの数となり、門前は大渋滞を起こすのだ。
こうやって帰省して来る皇族たちが滞在するのは、通常であれば後宮内の者との面会場所でもある狭間の宮である。
しかしこれだけの人数となれば、当然狭間の宮だけでは場所が足りない。
なので周囲の宮もこれらの人びとの滞在場所として開放され、清明節が終わるまでこちらの区域には関係者以外立ち入り禁止となる。
その立ち入り禁止区域を掃除している掃除係が、雑巾がけの手を止めて軒車行列を眺めていた。
「う~ん、賑々しいなぁ。
軒車もどれも派手だし」
興味津々で渋滞を眺めているのは、
去年の雨妹は行動できる範囲なんて知れたものであったが、今年はやって来る皇族たちの様子が遠目に眺められる場所まで、こうやって近付くことができていた。
「へぇ~、皇子様や公主様っていうのは、あんなにいるものなのかぁ」
隣で同じように掃除の手を止めて軒車行列を眺めている
「いいや、あれで実は少ない方だっていう話だよ」
雨妹は静にそう語る。
「今代陛下は戦時に即位したってこともあって、歴代に比べて兄弟皇子が少ないんだって」
皇帝の兄弟が少ない理由としては、先の戦乱で殺されたり、殺されるのを恐れて身分を捨てて逃げたりしたためであるという。
結果残っているのは、戦乱期の後宮がろくに管理されていなかった頃に生まれた子どもなのだ。
先代の死に際に生まれたとされる子どもであったり、戦乱のどさくさで一時的に皇帝の椅子に座った皇子が産ませた子どもであったりで、つまり「父親は誰なのか」というあたりが微妙な皇子や公主ばかりというわけである。
これらの事実は秘匿されているとはいえ、古参の女官や宮女などが密やかに語っている「公然の秘密」というものだ。
それでも宮城の執務を回すには皇族の数はある程度必須なので、そういう微妙な皇族も容認しているらしい。
「戦争のことは老師も話していたよ。
そっか、戦争かぁ、大変だったんだろうなぁ」
静は眉を寄せてしみじみと言う。
静も雨妹同様に、先の内乱のことを伝聞でしか知らない世代だ。
戦時の話題としては、皇帝志偉の英雄物語には事欠かないが、このような事実は集めようとしないと聞こえてこないものだろう。
静の故郷である苑州は、今現在戦乱になろうかという土地であるのだが、かつてはそれが国全土で起きていたのだ。
静のような苦しい思いをする人が国中に溢れていたのだから、治めるべく働いた皇帝は大変だったことだろう。
そんな感傷に耽っていると、「でもさ」と静が首を傾げた。
「じゃあ、普通ならどれだけの皇子様がいるものなの?」
この静の疑問に、雨妹が答える。
「皇帝陛下と太子殿下、両方の兄弟や姉妹としての皇子殿下や公主殿下がいるんだよ?
お妃様の数だけ子どもがいたら、あんなんじゃあ済まないって」
「……確かに」
静はしばし指を折ってなにかを数えるようにしてから頷く。
静は最近雨妹にくっついて、下位ではあるものの妃嬪の宮に出入りを許されるようになった。
その宮の主たちの数を二倍にして数えてみたのだろう。
「先代の陛下の頃は、それこそわんさかとお妃様がいたっていうし」
雨妹が追加情報を与えると、静は両手で数えるのをあきらめて、手をワキワキとさせる。
「ねえ、そんなに子どもを作って、皇帝陛下って死なないの?」
真面目な顔で問うてくる静は、一応どのようにして子どもができるかの知識があるようだ。
「そうだねぇ。
大変そうだなって、私も思うかなぁ」
雨妹はとりあえず静にそう返しておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます