第320話 後始末
それからしばらくして、州城に二つの声にならない悲鳴が響いた。
そして
なにをしたかというと、股間の男根を切り落としたのだ。
宦官になる場合、きちんとした処置の上で行われるものを、それをなにも為されずに行われたのだ。
想像を絶する痛みであることだろう。
しかし、
「楽しくない治療ですなぁ」
飛が嫌そうにしながら、二人の股間の手当てをしているのを横目に、「さて」と大偉は考える。
この後は、どうせすぐに皇帝の影たちが乗り込んでくるだろうから、後始末はその連中に任せてしまえばいい。
国境砦に居座る連中のことはまた改めて考えるとして、大公の椅子を確保したことで、大偉の今回の仕事はやり遂げたのである。
というわけで、大偉の州城攻略が幕を閉じれば、長居は無用だ。
しかるべき統治者が送り込まれるまで、大偉がここで待つこともない。
――さて、せめて清明節には間に合うか?
大偉はこれまで興味もなかった宮城だが、今は一つの楽しみがある。
あの青い髪は、果たして未だあの場にいるだろうか?
***
百花宮ではいよいよ花の宴を数日後に控え、あちらこちらで女も宦官も忙しく、そして賑やかになっていた。
そんな中、
「いいんじゃないかい?」
「うんうん、似合うよ
「へへ、そうかな?」
静は照れたような顔で、長い髪を指で撫でている。
そう、やっと静の付け毛が出来上がったので、楊が持ってきてくれたのだ。
静が久しぶりの長い髪の感触を確かめるようにする様子を、雨妹はニコニコと見守る。
それにしても、付け毛が手に入った時期的にはギリギリであった。
「花の宴に間に合って、よかったですねぇ」
雨妹がそう言うのに、楊もホッとした顔になる。
「そうさね、さすがに頭巾をさせておくわけにはいかないよ」
そうなのだ、花の宴までに付け毛が手に入らなかった場合、静は大きめの髪飾りで髪のボリュームを誤魔化すことになっただろう。
けれどそうなると静は新人のくせに派手な髪飾りをしているということで、悪目立ちをしてしまう。
結果、付け毛が手に入って一安心というわけだ。
というわけで、一つ問題が片付いたのはいいのだけれども。
「今から気が重い……」
雨妹は花の宴に向けて、実は気分が上がらないでいた。
というのも、前回の花の宴での例の事件のせいである。
妙な皇子に絡まれて怖い思いをしたのは、未だに記憶に刻まれている嫌な思い出であった。
「あの皇子殿下、今年も来るんですかね?」
雨妹が頬を膨らませながら尋ねるのに、楊は「さぁてね」と首を捻る。
「ひょっとして来ないんじゃないかねぇ?」
そんな気楽なことを言ってくれる楊だが、去年も周囲がそう思っている中現れたではないか。
そして、雨妹は反省を生かせる女である。
「私、今年は変にウロウロしません!」
「まあ、できるだけそうしておくれ」
ぴっ、と手を上げて宣言する雨妹に、楊が苦笑している。
「あの皇子、って誰?」
当然去年の事件なんて知るはずのない静が、不思議そうに尋ねてきた。
しかし、これに雨妹はブンブンと首を振った。
「駄目駄目! 噂をしていると来るかもしれないから、話題にしない!」
最初に話題にしたのは自分だということは、まるっと棚上げな雨妹である。
「……ふぅん」
雨妹の剣幕に、静もこの場で尋ねるのは止した方がいいと考えたようだ。
なにはともあれ、こうして花の宴がいよいよとなっていた。
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