第318話 うっかり
注:残酷描写があります
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「さっさと仕舞にするぞ」
ぴたりと密着するほどになれば、鎚矛などなんの役にも立たない。
「そなたは将軍には向かぬな、視野が狭い。
単独で乱戦に突っ込む方がよほど向いているが、今後に生かせず残念だ」
この大偉の忠告が、将軍が聞いた最後の言葉になった。
ザリィン!
大偉は鎧と兜の隙間から首を刎ね飛ばし、将軍の首は目や口を見開いたまま宙を舞い、やがて地面に落ちる。
「あ、しまった」
がしかし、ここで大偉は失敗に気付く。
うっかり首を刎ねてしまったが、これは皇帝に提示された条件を破ったことになるまいか?
そう気づいた時には、もう今更であったのだが。
「ひいぃ!」
「鎧どもが、あんなにあっけなく」
「冗談じゃねぇ、俺は逃げる!」
金属鎧たちが一瞬で無力化され、大偉の正体にさらに恐れを抱いた兵たちは、とうとう全員が逃げそうとして右往左往とし始めた。
すると、その時。
ズウゥン!
重い音を立てて、州城の入口扉が開く。
「大偉皇子殿下、お迎えに上がるのが遅くなり、申し訳ございませぬ。
全員、その場に控えよ!」
入口扉の向こうから現れたのは、痩せてひょろりとした体格でかなり顔色が悪そうな壮年の男であった。
男がそう叫ぶと、兵たちは整列なんてあったものではないながらも、その場に叩頭をした。
「父上!」
どうやらこの男が、毛官吏であるようだ。
「ご無事だったのですね……!」
「露、よくぞやってくれた」
父と娘は互いに涙を流し、ひとしきり再会を喜ぶ。
「やったね、お兄さん!」
毛と共にやって来る宇は、こちらへ向けて笑顔で大手を振るが、大偉の方は渋面であった。
「もしや、軍勢がたったこれだけと言うまいな」
こう大偉が不満を漏らすのに、宇が答えるには。
「いるとは思うよ? 奥でブルブル震えているだろうけれどさ」
「なるほど」
大偉は頷きながら、この作戦を話している時に聞いた宇の言葉を思い出す。
「苑州では強い相手に従う」
これが古来よりの苑州人の性質だというが、強者に従うことを良しとするならば、自らが強者になることに執着しないのかもしれない。
攻める方が大軍を用いることができないということは、逆に言うと、守る方とて大軍を動かせないということであろう。
この城は安全な傍観者であるための城であり、攻めて攻められてをする前提で出来ていない。
なのでちょっと恐怖を植え付けてやれば、こうもあっさりと屈服してしまう。
しかし大偉は城攻めの楽しみに大いに期待していたというのに、この胸の高鳴りが無駄になった虚無感をどうしてくれようか。
「ああ、都で青い髪を愛でたい。
もうじき花の宴であろうに」
己の気持ちを落ち着かせようと、大偉がそのように愚痴を零す。
ほんのひと房でいいのだ、やはりあの夢に見るものとまさしく同じである、あの青い髪が欲しい。
大偉が「ほぅ」とため息を吐くと。
「よしてください、今度こそ陛下から殺されますぜ」
するとこれに、いつの間にやらこちらへやって来ていた飛が苦言を呈する。
特に怪我を負った様子もなく、返り血を浴びているようでもない。
「ご苦労、どうであった?」
仕事の成果を尋ねる大偉に、飛は若干呆れた様子を見せる。
「まあ、州城の裏がどこもがら空きなことで。
仮にも大公家の城だっていうのに、本当に影がいやしない」
この飛の言葉に、言葉を挟んだのは毛官吏であった。
「影は皆東国の影に殺されたか、全て逃げ出したのです。
宇様にはお付きの影すら探せず、不自由をさせてしまいました」
これを聞いた飛も、沈痛な顔になる。
「そいつは痛い。
ここは外の情報が入り辛い土地なのに、影が使えないとあっては盲目で戦うようなものだ。
なるほど、苑州が弱体化した根源はそこか」
飛が同じ影として同情しているようだが、大偉が今気にするべきはその点ではない。
「この首は、『血を流した』ことになるだろうか?」
ナントカ将軍の首をうっかり刎ねてしまった上、この将軍が味方の兵の頭を潰してしまっている。
この両者から流された血は、どのように換算されるのだろうか?
「『火の粉を振り払った』っていう交渉が効きますかねぇ?」
飛も難しい顔で考え込んだそこへ、明るい声が響く。
「そんなの、真面目に報告することないじゃん?
『門に障害物があったので退けました』って言えばいいんだよ!」
「障害物だろうか?」
ニコニコ笑顔で告げる宇に、大偉は首を捻る。
「えぇ、デカくて話が通じなくて邪魔なのって、障害物って言わない?
言うよね! あとの諸々は、不幸な事故!」
そのように断言されると、大偉もそう主張してみる価値があるように思えてきた。
話が落ち着いたと見たのか、毛父娘は並んで進み出て大偉の前に叩頭する。
「何家の臣、毛でございます。
我らが大公をお導きくださった殿下に、厚く御礼申し上げたく思います」
「そのようなことはよいので、早く案内せよ」
礼をとられた大偉がそう言って手を振るので、立ち上がった毛父娘はバラバラな兵たちをどかしながら、二人先導して州城の中へと導くのだった。
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