第317話 主戦力

注:残酷描写があります

~~~


 兵たちを強引に払いのけながら進み出て来たのは、金属の鎧の集団だ。

 頭からつま先まで金属でガチガチになっており、鎧というより、なんだかそういう生き物のように見えてくる。


「なるほど、東国風の鎧だな」


大偉ダウェイが冷静に相手を観察していると、その中の一人が棘のいくつもついた重たそうな鎚矛を軽々と振り回して見せ、その逞しい肉体は鉄鎧の上からも窺える。

 けれどその鎚矛がうっかり近くにいた兵をひっかけ、その勢いで転倒したその兵の上に鎚矛の先端が落ちた。


 グシャッ!


 すると鎚矛を受けた兵の頭が、まるで瓜が潰れたような音を立てて潰れてしまうが、鎚矛の持ち主は特に気にせず、「多少汚れたが仕方がない」というような表情だ。


 ――味方を味方と思わぬ質か。


 宇の言う「ナントカ将軍」とやらについて、大偉はそう判断する。

 戦場ではこうした輩を、たまに見かけるのだ。


「ひいっ、死にたくねぇ!」


仲間の哀れな死に様を目の当たりにした兵たちの中で、逃げ出す者もいるかと思えば。


「東国の鎧の壁に、立ち向かえるはずがない!」


そう楽観視して、見世物を楽しむように座り込む者もいる。

 これがもし己の私兵であれば、どちらも全員手打ちにしているであろう、と大偉は眉をひそめる。

 だがこの間逃げないでいる大偉を、金属鎧たちが囲った。

 その中から、棘の鎚矛を持ったその将軍が進み出る。


『ははぁ、なんだ綺麗な顔をした兄ちゃんじゃねぇか、なかなか好みだ。

 一緒に遊ぼうぜ、腰が抜ける程ヤッてやるよ、なんなら今ココでするか?』

「生憎と、東国の言葉はわからぬ」


嫌らしい笑顔の相手に、大偉は真面目に返す。


『てめぇら、手足は別に潰して構わんが、顔はやめろよ?

 俺の楽しみが減るからな』


将軍は連れて来た金属鎧たちに指示を出すと、手に持つ棘の鎚矛でドスン! と地面を叩く。


『さあ兄ちゃんよ、さぞかし美しく弾けてくれるんだろうなぁ?』


将軍が金属兜の中でニタリとする。

 がしかし、大偉も同様にニタリとした笑みを浮かべた。


「ふむ、つまらぬことになりそうだったが、お前が楽しませてくれるのか?」


大偉がそう述べながら剣をくるりと回して感触を確かめていると、将軍が鎚矛を振りかぶる。


『その格好をつけた態度が恐怖に歪む瞬間が、見物だなぁ!?』


そしてそう叫ぶや否や、大偉に向かって突っ込んできた。

 将軍は大きな身体と金属鎧という見た目の重鈍さを裏切るように、機敏な身のこなしで大偉に迫りくると、鎚矛をブン! と横に降り払う。

 この棘の鎚矛は打撃武器としての威力も十分にあるが、この棘にうっかり鎧や衣服にひっかけて、身体を持っていかれる危険性の方が重要だろう。

 しかしそれを恐れて大きく避けると、その隙に他の金属鎧たちの攻撃が繰り出される。

 大偉は小さな動きで鎚矛を避け、しかし反撃にも出ずに防戦の体勢であった。

 ところで将軍の鎚矛に身体を持って行かれて危ないのは、金属鎧たちとて同様らしい。

 敵味方の区別をつけない質らしい将軍は、鎚矛の棘に味方の金属鎧を引っかけて、遠くへと飛ばしている。

 これに巻き込まれた他の金属鎧と共に、一塊になって転がっていく。

 他の金属鎧たちは将軍ほどの機敏さはなく、見た目通りに重鈍さである。


『馬鹿が、俺の邪魔をするんじゃねぇ!』


将軍が何事か吠えた、その時。


 ボン、ボン、ボン!


『ぐわぁっ!?』


 続けざまに小さな破裂音がしたかと思ったら、残っていた周りの金属鎧たちが煙を吹いて倒れていく。


『なんだぁ?』


思いもよらない事態なのだろう、驚愕の表情を浮かべる将軍に、大偉は口の端を上げて告げる。


「ここは戦場だぞ?

 ぼうっと立っているからそうなる」


なんということはない、矢が落ちるのも開門も今しがたの煙も、妖術でもなんでもなく、事前に様子見のために潜入させていたフェイの仕業である。

 大偉たちとて、多勢に無勢は百も承知であった。

 戦場での命のやり取りを好む質である大偉だが、別段無謀を好むわけでもない。

 今回は最初から行動の要は飛であり、自身の役目はせいぜい相手に油断させるべく動くことだったのだ。

 東国人たちは金属鎧で身体を全て覆っているとはいえ、あちらこちらにそれなりの隙間というものがある。

 その隙間に少量の火薬を仕込んだものを打ち込んでやれば、鎧の中で爆発してああなるというわけだ。

 重鈍な木偶の坊相手である、飛には楽な仕事であろう。

 州城にも影がいるかと、それだけを警戒したのだが、毛から「敵の影の心配はいらない」という意見があり、飛からも異常事態の知らせもない。

 毛の言う通り、敵の影と遭遇したりはしなかったらしい。

 その上このナントカ将軍のおかげでせいぜい周囲の目を引けたので、飛もやりやすかっただろう。

 そして、この隙を逃すほど大偉ものん気ではない。

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