第305話 もちろん見学もする

今回の仕事は終わったので帰ってもよいと告げられた雨妹ユイメイは、速やかに帰る……とはならず。

 せっかく入れた場所なので、隊舎内を精一杯遠回りして見て回ってから、帰ることとなった。

 その道案内兼見張り役は、兵士姿の立勇リーヨンである。


「へぇ、非常時に使う場所ですかぁ」

「そういう場所はいくつもあるが、ここを使わなければならない時は、敵にかなり奥まで攻め込まれた時になるだろうな。

 先の内乱の際にも使われたことはないと聞く」

「ふむふむ、普段使われていない場所だから、人払いも簡単なんですねぇ」


案内役付きでの観光はなんとも楽しいもので、華流ドラマでのアレコレの場面などの妄想が頭を廻るというものだ。

 このように隊舎内を一通り楽しんだところで、雨妹は聞くか聞くまいかとしばらく迷った挙句、やっぱり気になるので聞いてしまう。


「あの、良かったのですか? 立勇様がこちらに来ても。

 あの太子殿下の方は……?」


これに立勇は足を止めると、一つ息を吐く。


「良いも悪いもない。

 私は明賢メイシェン様付きである以前に、国を守る兵である。

 そのためにやるべきことをやるだけで、そこは明賢様もわかってくださる。

 上司と部下とは必ず一心同体、以心伝心でいなければならない、ということもないだろう?」

「それは、そうでしょうけれども」


そう言い切った立勇に、だがなおも雨妹は心配する。


「けれど、先程のことは他言無用なのでしょう?」


そうなのだ、立勇は李将軍からくれぐれもと、釘をさされていた。

 つまり立勇は今回聞いたダジャの話を、太子の元へ持ち帰れないこととなる。

 情報を太子から隔離させていることに、立勇としては思うところがあるのではないだろうか? 立勇は宦官と身分を偽ってまでも太子の傍に居続けているくらいに、忠義な男なのだ。


 ――まあ、私だって内緒の片棒を担いでいるんだけどさぁ。


 雨妹はこれまで太子にとてもお世話になっている自覚があるが故に、なんだか申し訳なくも思う。


「そのようなことは、無用な心配だ」


けれど、立勇はなんてことはないという顔で、そう言った。


「そもそも私が動かずとも、明賢様には優秀な影たちがついている。

 彼らが有用な情報を集めるだろう」


このように話す立勇は、雨妹の目にはまるで自分に言い聞かせているようにも見える。

 そうやってなおも心配顔の雨妹の頭を、立勇がポンと軽く叩く。


「私もな、ここのところうっすらと考えていたのだ。

 明賢様は私以外にも、頼りにする味方を作るべきなのだろうと。

 頼りにしてくださるのはこの上ない幸せであるが、なんでも全て私がこなしていては、私が動けなくなった時、明賢様も同じように動けなくなってしまう」

「それは、なんとなくわかります」


立勇が語ることに、雨妹も頷く。

 前世の看護師の同僚に、そういう人がいたのだ。

 出世して部下をまとめる立場になったというのに、重要な仕事を部下にほとんど振らずに自分でこなしてしまい、結果仕事のし過ぎで身体と心を病んで辞めてしまった。


 ――全部自分でやっちゃうのは、大変だけど、他人に気を使わなくていいから楽だもんね。


 けれどそうやって楽をした結果、後輩が育たず人材不足に陥り、やがて大きな問題を引き起こす。

 その同僚が辞めた後、育成不足の人材の再教育が大変だったのを覚えている。

 なまじそれなりの期間を大きな問題もなく勤めていたので、育成不足とされた当の後輩たちは自分たちには育成不足なのだという自覚がなく、その再認識教育から施さねばならないという、二度手間のようなことになってしまったのだ。

 しかしそれも当人たちが悪いのではないので、非常に微妙な立場にさせてしまった。

 そんなことと立勇の立場を比べると、仕事を振らないのはむしろ太子の方であるといえよう。


「太子殿下は、気心知れた少人数でやっていきたい、っていう方なんですか?

 『自分の動く範囲に新顔を入れたくない』という人は一定数いるものですし」


雨妹が尋ねてみると、立勇は難しい顔になる。


「明賢様は、基本的に人を信用なさらない。

 誰かと一緒に行動するべき際には、念には念を入れて情報を集め、それでも気に入らずに拒否することはままある」

「そうなんですか!?」


すると、立勇の口から驚きの情報が出た。

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