第304話 ご褒美ならば

 この話に、ダジャは言葉が出ないようであった。

 数回喘ぐように呼吸をしてから、ダジャは声を振り絞るようにして言う。


『なんと、それでは、それでは祖国は滅びに向かっていると……!? どうすれば、どうすればいいのだ!?』


ダジャの絶望の叫びに、しかしジェは冷静な顔である。


「それについては、我が国の過去の事例を参考にはできると思われる。

 しかし、そのような問題を放置し続けたことが、結果災厄を招いたと知ることです。

 王子であったのならば、民の安全を背負う者として『知らなかった』では済まされない」

『……』


解の言葉に、ダジャは言葉が続けられないでいる。


 ――まあ、近親婚の究極の目的って、権力者が権力と財力を他人に奪われないため、っていうことだもんねぇ。


 つまり、どこかの時点で近親婚に問題があると発覚していたとしても、それよりも権力と財力の独占欲が勝ってしまえば、無視してしまうのだろう。

 そのような事例は、前世の歴史でも聞いた話だ。すなわち、ダジャのかつて奪われた「王子」という身分の維持のための仕組みであったと、そういうことなのだ。

 ダジャはそのような己の身にある業にまでは、おそらくはまだ気付いていないことだろうけれども。


 ――けど、子どもの静静ジンジンがあんなに頑張っているんだから、大人のダジャさんも反省なりなんなりの、根性があるところを見せてほしいよね!


 雨妹ユイメイは、恐らく今頃はヤンに連れまわされているであろうジンを思って、そのように考える。

 それに思えば、ダジャの口から静の名前が一度も出ていない。

 もしかすると、雨妹が静の身柄を預かっていることを知らないのだろうか?

 ダジャに与える情報もきちんと管理しているだろうから、あり得る話である。

 それでも、静のことを気にして雨妹に尋ねてほしく思う。

 ひょっとしてこういうところが、以前杜がダジャを保護者失格の烙印を押した原因なのかもしれない。

 しかしなにはともあれ、雨妹がこの場に呼ばれたケシ汁についての話は、把国はそれ以前の問題であったことがわかった。

 となると、雨妹はこれで役目を果たしたことになるのだろうか? そう思って雨妹が解をちらりと見ると、あちらも頷きを返してきた。


チャン殿にはご苦労だったな。

 この件については、気付いた張殿のお手柄だ。

 なにか褒美を要求してもいいくらいだぞ?」

「褒美……」


解の冗談交じりなのであろうその言葉は、今の雨妹にはなんとも甘美なものに響いた。

 そんな雨妹の様子に、リー将軍が気付く。


「なんだ、なにか欲しいのか? 試しに言ってみろ」


李将軍のありがたいお言葉に、雨妹はキラリと目を輝かせる。


「あの、ずっと気になっていたのですけれど、把国の自慢料理はなんでしょうか?

 やはり香辛料なのでしょうか?

 お米文化? それとも小麦文化?

 もしかしてカレーなんてものがあるのでは――」

「失礼」


 ゴィン!


 まくしたてるようにしゃべる雨妹であったが、唐突に、その頭に衝撃が走った。

 何事かと思えば、いつの間にか傍まで来ていた見張りの兵士が、拳を構えているではないか。

 どうやらアレが頭に落ちたらしい。

 というより、この兵士はよくよく見れば立勇リーヨンではないか。


「なにをするんですか!?

 っていうか立勇様、いつからいたんですか!?」


涙目で抗議する雨妹に、「はぁ~」と立勇が深く息を吐く。


「なにをする、ではない馬鹿者!

 ここで食欲に走る者があるか!?」

「そちらこそ、なにをおっしゃいますやら!

 食欲よりも大事なものが、この世にあるとでも!?

 私、後宮での美味しい料理はある程度満喫できていると思うのです。

 そうなれば、次に目指すは世界の美味しいものに決まっているではないですか!」

「それは個人的に別の機会に行え、この場は非公式とはいえ国の折衝なのだぞ!?」


雨妹と立勇の口論を、他の面々がポカンとした顔で眺めている。


「だから言ったのです。

 暴走娘の手綱を御させるため、念のためにこの男を同席させた方がよいと」

「うむ、良い判断であった。

 しかし仲が良い二人だな」


李将軍と明からなにか言われている。


「妙な方に暴走するあたりが、実に似ている……」


解がなにかに感心しているが、たぶん褒められているわけではないのは、雨妹にもわかるのだった。

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