第264話 お役目

「けど、その城にはユウさんがいるのでしょう?

 大丈夫なのでしょうか……」


心配顔の雨妹ユイメイに、ドゥも懸念の表情をする。


「姉を待つまでもたぬと判断したのやもしれぬな。

 宇とやらが敏い子どもであったかもしれぬが、子どもにもわかるくらいに既に状況が悪かったか。

 この判断も、全く味方のいない状態で為したことではないと思いたいが」

「宇さんに、守ってくれるお人がいるといいですね」


こればかりは雨妹としても願うしかできない。


 ――どうか、静静が一番悲しむ結末になりませんように。


 悪い話ばかり聞いて不安になっていた雨妹の頭に、杜がポンと手を置く。


「舐めた真似をしてくれた代償は、必ず払わせるとも。

 既に手は打っておることだしな」


強い口調で断言する杜に、雨妹は不安でいっぱいだったのが、ちょっとホッとした気分になる。


 ――こういうところが、やっぱり皇帝なんだなぁ。


 偉そうにしているだけではなくて、その言葉に不思議な力がある。

 きっとこういうのが、「英雄の素質」なんていわれるのかもしれない。

 そんなことを考えていると。

 

「雨妹よ、お主はかようなことは気にせず、あの娘を育てよ。

 アレはいずれ、何事かを成し遂げる人物になるやもしれぬ」


唐突に、意外なことを命じられたものだ。


「はい!? そんなことを言われても、私にそんな大層な教えなんて……」


雨妹に教えることができる事といえば、掃除の仕方と、美味しい物を美味しく食べる心得くらいであろうか?

 戸惑い顔の雨妹に、杜が目元を緩めて語り掛ける。


「なに、大層な者に育つかどうかは、本人の行動よ。

 ただ、そう育つ前に些細なしくじりで命を散らすような、もったいないことにならないように、生きる術を授けてくれるとよい」


杜の言わんとすることを、雨妹は思案する。


「つまり、生活力ってやつですか?」


雨妹がそう告げると、杜は大きく頷く。


「そうだ、心根や理想は立派であったとしても、己の命を己で永らえさせることができなければ、何事も為し得ぬからな」


戦乱を生き抜いた皇帝の言葉には、重みがあった。

 きっと、そのような人たちを大勢見てきたのだろう。


「事実、あれらは山越えをしてきたのだろう?

 運よく命があったからよかったものの、命を落とす可能性の方が高かったはず。

 大事を為し得ようと思うのならば、そのような博打のような選択をするべきではない。

 いくら時間がかかろうとも、確実に成功する道を探るべきだったのだ」


杜は静の行動を、バッサリとそう断じる。

 確かに日本でも、「もしあの偉人が長生きしていたら」という番組をたまにテレビで見た気がする。

 歴史を見ても、長生きした人が結果良い思いをしていることが多い。


「それに、あのダジャとやらは守役としては少々危うい。

 あ奴の事情も聞いたが、己への絶対的自信と、陥れられたことによる他者への不信。

 それゆえに心身の均衡を欠いて、少々やけになっている節がある。

 大人なのだから、もっと安全に導く道もあったであろうに、最短の道を選びよったのだ」


渋い顔の杜には、ダジャの選択に不満があるようだ。


「あ奴の方は、我がその性根をたたき直してくれようぞ。

 あのまま何家の子らを再び任せるなど出来ぬわ」


杜がそう言って「ふん」と鼻を鳴らす。


「なるほど、なるほど」


雨妹としても、話がだいたい読めてきた。

 日本で結構な大往生であった自信のある雨妹なので、長生きのコツであれば教えられる気がする。


「そういうことであるならば、お引き受けいたしましょう」


雨妹は杜にそう言うと、礼の姿勢を取った。



雨妹が戻ると、静は自分の牀の上でスヤスヤと昼寝していた。

 昨日と一昨日は床の上で布団に包まって寝たのだし、それまでもダジャと一緒であったのだから、恐らくはきちんとした部屋での寝泊まりは、ずっと出来ていなかったことだろう。

 どのくらいぶりに牀の上に寝転がったのかを考えれば、昼寝しているのを起こすのは忍びない。


「静静、ここにいる間は寝て食べて遊んで、強い子に育つんだよ」


静の寝顔に、雨妹はそう囁くのだった。

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