第263話 表で話す

ジンは引っ越し作業でくたびれている上に、話をしたことで若干興奮していることだろうし、部屋で休ませておき、雨妹ユイメイドゥを見送りに表まで出ていた。

 というか、杜がなにやら話したいことがあるようで、目配せをしてきたのだ。


「雨妹よ、あの静の身辺にはくれぐれも気を付けておけ」


表に出たところで、杜は屋内の静を気にしてひそめた声でそう言ってきた。


「お主には忠告の意味で言っておこう。

 苑州の州城の連中と東国は、他州から兵士をかき集めては、その者たちを他国へ売っている疑いがある」

「……! 人身売買というやつですか!?」


杜が唐突に告げた内容に、雨妹はぎょっと目を見開く。


「兵士には、平和のために身を捧げる思いで参戦した方もいたでしょうに、なんということを……」


悲し気な表情になる雨妹に、杜も頷く。


「人を攫って売り物にするのに、なんの良心の呵責もない連中よ。

 中でもな、どうやら何家の人間は高値で売れるらしい。

 だから当然、あの娘も売り物として扱われていたであろう」


そう話す杜によると、特に何家の血筋は混血の影響が上手いところ綺麗に出ているので、不可思議な魅力があるとかで人気なのだという。


 ――まあ、偉い家柄になると、それなりに見目の良い人が嫁なり婿なりになるものだろうし。


 そうやって美形の血筋が脈々と続いたことで、そんな妙な輩に狙われる羽目になったということなのか。

 それを考えると、皇族という、それこそ美形が寄って集ったであろう血筋を持つのに、これ以上なく平凡顔に生まれ付いた雨妹は、そういう意味では幸運なのかもしれない。

 少なくとも、幼少の頃から容姿の面での危険を覚えたことはない。

 そして、あの静もいずれ売られるはずだったのだろうが、弟の目を誤魔化すためか、奴隷商人が来るのが遅れたせいなのか、なんなのか。

 ともあれ、売られずに残された静は、監視の目を盗んで脱走して都までやって来たということのようだ。


「供のダジャとやらの話によると、弟と別れた後のあの者は、かなり劣悪な環境に捨て置かれていたらしい。

 おおかた『どうせ売るのだから、贅沢をさせるのはもったいない』というのと、あとは反抗心を折るためであろうな」


この杜の意見に、雨妹は「いやいや」と首を横に振る。


「売るんだから余計に健康に気を配って、見目好くしておくんじゃあないんですか?

 綺麗な商品の方が、買う方はいいじゃあないですか」


雨妹は思わずそう突っ込んでしまう。

 奴隷商売を語るなんてしたくないが、商売とはそういうものだ。

 これに、杜が答えたところによると。


「命さえあればよいということだったのだろうよ。

 それで十分なくらいに、何家の者の商品価値が高いということ。

 だからあ奴ら双子しか、ろくな一族が残っておらなんだ」


 ――雑! 商売の仕方が雑過ぎる!


 雨妹は叫びたくなったのを、かろうじて喉元でこらえる。

 そして、だから静はあんなに痩せていて、髪が短いのも劣悪な環境の中でなにかされたのだろう。

 犯罪奴隷と誤魔化すために切られたとか、そういうことなのかもしれない。


「むうぅ、許せない!」


憤慨する雨妹であるが、しかし己になにができるわけでもない。

 なのでとりあえず、苑州と東国方面を呪っておこうと思いつき、「うんうん」と唸って呪いの念を送ってみた。


 ――そんなことをしている連中は、みんな毛根が死滅してしまえばいいんだ!


 髪を大事にするこの国の人間にとって、最も恐ろしい呪いであろう。

 あちらの方向に両手をかざし、怖い顔をして睨む雨妹の横で、杜も同じ方向を睨みつつ呟く。


「そういう扱いを受けることを承知で、あの娘も州城へとすり寄ったのであろうな。

 弟の方も、大公印を返すなどという判断を子どもがしたとは、なんと酷なことよ」


そういえば、リー将軍もあの大公印とやらを見て驚いている様子であったか。


「あの、大公印を返すって、大変なことなんですか?」


雨妹が尋ねると、杜が深く頷く。


「そうだ、苑州は統治不能と認めて放棄するということだ。

 これが受理されれば、苑州は何大公家の支配下ではなくなるということ。

 速やかに州城を明け渡さねば、州城に籠る連中は反乱軍と見なされ討伐対象となる」


すなわち、既に大公印が皇帝の手に渡ってしまった現在、苑州は反逆者が占拠していると見なし、宮城側は堂々と進軍できる名目を手に入れたというわけだ。

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