第九章 苑州の乱

第265話 とある道中の二人

***


梗の都に二人連れのおかしな旅人がやってきた、ちょうどその頃。

 ここ青州と苑州を結ぶ街道には、大きな背負子を担いで、道を歩いている男二人がいる。

 ちょうど難所の山越えをしている二人のいで立ちから見るに、商人なのだろう。


「若ぁ、そろそろ休みましょうぜ」

「そうだな、そういえば腹が空いたか」


連れに「若」と呼ばれた青年が、一つ頷くと道から横に入り、そこいらの地面に背負子を下ろすと、互いに竹筒に入った水をグビリと飲み、干し芋を齧って腹を満たす。

 その姿も「若」の方はどこか気品が感じられ、育ちの良いお人なのだろうと、通りかかった者は想像できるだろう。

 しかし、その通りかかる者が先程から全くおらず、目の前の街道は静かなものである。


「それにしても、誰とも会わんな」


このことを「若」も気にしているようで、そう漏らして首を捻る。


「そうですなぁ、今が時季外れとはいえ、それでも少しは誰かとすれ違うものなのですけど」


もう一人の方も、そのように話す。

 この街道は東国との国境に通じるもので、普段であればそこから東国や、その先の異国へと向かう往来の者で賑わっているものだ。

 けれど現在は通る人影がまばらどころか、先程から誰ともすれ違わない。

 それは今がまだ雪解け前で、街道を越えるにはまだ適さない時期ということもあるだろうが、もう一つ、不穏な噂が流れているためでもあるだろう。

 曰く、苑州が直に戦乱の地となるという話である。

 そうなるとこの二人は、そんな不穏な地に向かっている物好きだということになるわけだが。


「ずいぶんと歩かされることだが、もっと近道がないものかな」

「どれかの山が削られでもしないといけねぇでしょうし、神頼みでもしない限りまあ無理ですなぁ」


「若」のぼやきに連れがもっともなことを告げてから、「それにしても」と言う。


「若よ、よくこんな無茶なことを引き受けたものですなぁ。

 『一人で勝手に野垂れ死ね』と、とうとう宣告を受けたのかと、俺ぁそう思いましたけどねぇ」


その「野垂れ死に」に付き合わされている連れが、渋い顔になるのに、「若」は「ふん」と鼻を鳴らす。


「春節を、髭爺ぃ共の顔を見ながら過ごすよりは、面白そうだと思ったまでだ」

「面白いですかねぇ、これって……」


そう言って口の端を上げる「若」に、連れが「はぁ」とため息を吐く。


「面白いだろう?

 少なくとも私は春節から母上のご機嫌伺いに宮城へ参り、くどくどと誰それの悪口を聞かされるよりは、よほど楽しい」

「まあ、それもわかりますがねぇ、それでもあっしは命が惜しいんですよ」


この「若」の言い分を、連れも理解を示すものの、やはり愚痴りたくなるらしい。


「命を惜しむことなどないぞ、ちゃんと生き残るつもりだからな」


しかしこれにも、「若」は自信満々である。


「そりゃあまた、頼りにしてますぜ、大偉ダウェイ皇子」

「これ、皇子ではない」


連れが軽い調子で持ち上げるのに、「若」――大偉皇子がすかさず注意してくる。


「そうでした、若」


連れは「しまった」という顔で、慌てて言い直す。

 今ここを誰も通っていないとはいえ、どこに耳があるか知れたものではないので、口には重々注意しなければならない。


「それに、そう落ち込むこともないだろう。

 軍よりも先に己が才覚で苑州を落としてみせれば、陛下がなんでも望みを聞いてくれるというのだぞ? そのような大盤振る舞いに乗らぬ手はない」

「そうですかぁ?

 どうせ出来ないと思っているから、好きに言っただけじゃあないですかねぇ?」


大偉皇子の言い分に、連れは懐疑的である。


「そうかもしれぬが、このうんざりさせられる人生を変えるには、私には大いなる機会だ」

「さようでございますか」


しかし大偉皇子のこの言葉に、連れは憐れむような顔になる。

 この皇子は宮城では悪い噂で持ち切りなのだが、これでいてなかなかの苦労人であることを、連れはよく知っているのだ。

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