第234話 新しい朝
雨妹の部屋は外の松明の灯りからは離れているため、部屋に灯りをつけないと本当に真っ暗だ。
――やっぱり、油灯の扱いがわからなかったかぁ。
それにしても物音がしないので、雨妹は不思議に思って暗がりの中で
すると敷いた布団の上に、ごろんと横になっている姿を発見した。
耳を澄ますと「スー、スー」と規則正しい呼吸音が聞こえる。
「ありゃ、寝ちゃっているや」
静は布団の感触と暗がりの心地よさで、睡魔に勝てなかったようだ。
静にとって今日は色々とありすぎた日だろうから、きっと疲れていたことだろう。
しかしお仕着せを来たままだと寝辛くはないだろうか?
それに皺になって困るのは静自身だ。
「おぅい、お~い」
雨妹は静の隣に膝をついて、小声で声をかけつつ身体を軽くゆするが、全く起きない。
これを強引に起こすのもなんだか可哀想な気がして、雨妹が脱がせてやることにした。
帯をちょっと緩めれば、服は上も下も案外スポンと抜けてしまう。
脱がせた服を枕元へ畳んで置くと、肌着姿の静をちゃんと布団の中に寝直させる。
この間、静は「むにゃむにゃ」と寝言らしきものを口から漏らすものの、起きたりはせずに雨妹にされるがままだ。
「おやすみなさい、寝る子は育つんですよ」
最後に、雨妹は静の寝顔にそうささやきかけた。
いつもならばこの時間なら、油灯をつけて縫いものなどをするところだが、今日は灯りをつけて静を起こしてしまうのが忍びなくて、雨妹もさっさと寝てしまった。
そして、翌朝。
雨妹はまだ日が現れる前の空が少々薄暗い時刻に目を覚ました。
昨日はいつもよりも早寝をしたものの、静の様子が気になって夜中に何度か起きたためだろう、はっきり言って睡眠不足感は否めない。
しかしこれがしばらく日常なのだから、雨妹も慣れねばなるまい。
まだなんとなく眠気が残っている身体をグーッと伸ばした雨妹は、布団を畳んで隅に寄せ、今日着るお仕着せの畳み皺を伸ばしていると、床に敷いた布団の中身がもぞもぞと動いた。
どうやら静も起きたらしい。
「おはようございます」
「うん……?」
雨妹が声をかけると、布団の中からポコリと顔を出した静は、どうやら今いる場所がどこなのかわかっていないらしい。
寝ぼけ眼で不思議そうな顔をしている。
「静さん、ここは百花宮の私の部屋ですよ」
雨妹が説明して、静はようやく頭が働きだしたのか、「ああ、そうか」と小さく呟くとモソモソと布団から身を起こした。
「よく眠っていたみたいですね」
そう話しかけた雨妹に、静が「うん」と頷く。
「布団で寝たのって、いつぶりかわからない」
返ってきた言葉に、雨妹は「やっぱりかぁ」と内心で納得する。
食事の時に懸念していた通り、都に来るまでの静たちの旅は、野宿続きだったのだ。
何家の娘として不自由なく育てられたのであれば、大変な苦痛だっただろうに。
そんな苦労をしてでも皇帝に会いたい理由があるということで、そう思うと雨妹の気持ちがピリッと引き締まる。
だがそんな気持ちは置いておくとして、今は朝の支度が先だ。
「静さん、起きたら顔を洗いに行きましょうか」
雨妹がそう言うと、静がふとなにかに気が付いた顔をした。
「雨妹、静でいい。
今の私はただの静だ」
そして、こんなことを言ってくる。
――自分の立場を、ちゃんとわかっている子だ。
自分が周囲にどう見られているのか、それを判断するのはなかなか難しい。
それもまだ子どもの静なのに。
山越えをしてきた根性といい、この娘は高貴な家に生まれて大事に育てられた、という素性ではなさそうな気がする。
だがさて、ではなんと呼ぼうかと雨妹が考えた結果。
「うん、わかった。
じゃあ
雨妹が敢えて愛称で呼び掛けると、静は頬をほのかに赤らめた。
もしかして誰かにそう呼ばれていたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます