第235話 食堂初出
朝の支度を終えた
これが静の食堂初体験だ。
ガヤガヤと騒がしい屋内に、雨妹は静を背後に連れて入った。
ジロッ!
そのとたんに、食堂内の視線がこちらに集中したのがわかる。
しかしこうなるのは予測できていたし、静にも前もって説明しておいたのだが、それでも静が緊張したように身を固くした。
――たった一人だけの新入りだし、こうなるのも仕方ないよね。
宮女たちの視線の圧に雨妹は苦笑するが、この程度に臆していてはこの先やっていけないのだ。
「ほら
雨妹が軽く背中を叩いてやると、静は「うん」と頷いて、ぎこちない足取りだが雨妹の後ろに続いて中へ入っていく。
「おはようございま~す、二人分ください!」
「はいよ、おや……」
雨妹が声をかけると、厨房から
「おはよう阿妹、そっちが噂の娘かい?」
美娜がそう言って厨房からぐっと身を乗り出してくるのに、静は気後れしたのか逃げるように身を引く。
「そうです、ほら静静挨拶!」
雨妹はそれ以上静が下がらないようにぐっと背中を押す。
最初に逃げの姿勢を見せたら、「ああ、この娘は押しに弱い性格なのだな」と判断され、面倒ごとを際限なく押し付けられる羽目になりがちなので、第一印象は大事なのだ。
ちなみに雨妹は、この第一印象合戦に勝利した口である。
あの李梅が世話役だったのは、他の宮女に「あの梅に押し勝つとは、こいつは面倒そうな娘だ」という印象付けになったという事実もあり、そうした意味では助かったのかもしれない。
李梅は別に雨妹を助けてやる気はなかっただろうが。
それはともあれ、背中を押された静がしぶしぶ前に出る。
「……どうも」
そしてそれだけ言って黙る。
不愛想にも程があるだろう。
――実は人見知りするのかなぁ?
昨日は必死だったから平気そうにしていたけれど、落ち着いたら本来の性格が出たのかもしれない。
しかし、美娜は静の態度に気を悪くした様子はないようだ。
「はっは、大人しい娘だねぇ。
阿妹を初めて見た時とはえらい違いだ」
美娜が笑ってこんなことを言った。
「そうですか?」
雨妹は自分が初めて食堂で食事をした時のことを考えるが、どんな風だったか思い出せない。
ただただ「ご飯が美味しい、幸せ!」と感じたことだけは、鮮明に覚えているのだが。
首を捻る雨妹に、美娜が「お前さんは最初からそんな感じだったよ」と告げる。
「あんたはなんて名前だい?」
続けて静に問うのに、静はちょっと緊張した表情になってから、口を開く。
「
そう、
何というのが苑州大公家の姓であるのは広く知られている事実だが、大公家以外でも何という姓の者はいる。
というか苑州以外でもそうなのだが、大公家にあやかって同じ姓を名乗る場合があるとのことだ。
故郷を離れたことで、その故郷を忘れないように名乗る場合も多いらしい。
静は犯罪沙汰でダジャと苑州を出奔してからは、その罪で捕まらないようにとずっと名を知られないように気を付けていたらしく、その名残で名乗ることに勇気が必要であるらしい。
そうであるならば、李将軍に向かって「何静だ」と名乗った時には、かなり心臓をバクバクさせていたことだろう。
そんな裏事情なんて知らない美娜は、名乗った静にニカリとする。
「はぁ、なら静静! ほらよ、アンタはそんな細っこいからたぁんと食べないと、身体がもたないよ!」
美娜が雨妹と同じように愛称で呼ぶと、ドン! と朝食を大盛で出してきた。
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