第233話 全ては野次馬根性です
確かに、
その場合も決して悪いようにはしていなかっただろうが、李将軍が自力で静の性別を見分けられたかは不明である。
そうなると静はいつまでも男と偽る行為を止められず、ダジャと共に男だらけの兵士たちの中に預けられ、そこでうっかり女だと知れてしまうと、そこはなにしろ血気盛んな男の集まりである。
静は兵士相手に不幸にも身を汚されるようなことになってしまっていたかもしれない。
まだ子どもであっても、そうした危険はいつだって隣り合わせである。
静がそうしたことまで想像したのかは謎だが、あの時の彼女は結構危うい選択肢の前に立っていたのだ。
しかし、雨妹はそうした最悪の想像を飲み込み、ニコリと笑った。
「そうかもね。
でも私は気付いちゃったら無視できない性格なんだよね。
人からは野次馬根性が強めだって言われているかな!
異国人と男装の娘さんっていう組み合わせって、興味津々になるよね!」
胸を張って堂々と告げた雨妹に、静が目を丸くしている。
静は雨妹が同情だとか憐みだとかを述べると思ったのかもしれない。
だが生憎と雨妹はそんな食べられもしない感情だけでは動かされないのだ。
女が男だと身を偽る上での危険を想像したのは確かだが、それだけではない。
雨妹を突き動かす原動力はいつだって好奇心、すなわち野次馬根性である。
「なんだいそれ、雨妹は私を野次馬したかっただけなのか!?」
ちょっと怒ったように静が言う。
静は物語の主人公に起きるような、「ちょっといい話」的内容を期待していたのかもしれない。
しかし人間の行動の動機なんて、案外野次馬根性のような俗物的なものだろう。
そしてそれは、静の中にもあるものだ。
「逆に聞くけど、静さんだったらどこかで自分がこれまで会ったことのないダジャさんみたいな異国人を見かけたら、なぁんにも気にかけずにさっさと通り過ぎちゃうの?」
雨妹のこの質問に、静が真顔になった。
素直に問われたことを考えているらしい。
「……いや、そいつの後ろをこっそりついていくね」
そしてこのように述べた。
「それは結構な野次馬根性です!」
雨妹はうんうんと頷く。
静が妙に確信的な言い方をしたので、ひょっとするとダジャのことを思い出したのかもしれない。
ダジャが奴隷だったことと、弟の護衛役だったことは聞いたが、出会いなどの詳しい話は知らないのだ。
――もしかして、異国人のダジャさんを初めて見た時にあんまりびっくりして、後をついていったのかも。
幼い姉弟が大きな異国人をつけ回す様を想像した雨妹は、思わず「クスッ」と頬を緩ませる。
ともあれ、静が納得して気が済んだところで、雨妹は食べ終えた器を洗って台所へ戻しに行く。
その間に静には、卓を隅に寄せて布団を敷いておくように頼んだ。
幸い雨妹の部屋は土足禁止なので、布団を敷く場所を掃除する手間はない。
外はだいぶ日が暮れてきていて、そろそろ夜道を照らす松明が焚かれ始めていた。
部屋で過ごすには、そろそろ油灯に火をともす必要があるだろう。
――静さん、灯りのつけ方がわかるかな?
大公の姉であるなら、自分で灯りをつける生活ではなかっただろう。
油灯に火を入れてから出ればよかったかと、雨妹は今更ながらに思いつつ、井戸端で器を洗ってから、器を戻しに食堂へ再び向かう。
食堂では既に灯りがともされて、酒盛りが始まっていた。
賑やかな宮女たちを横目に、雨妹は器が積んである場所に自分の器も重ねる。
「ここに戻しておきます」
「はいよ!」
雨妹が声をかけると、台所の誰かが返事をした。
ここで下手に長話をして、静をあまり一人にしておきたくないのだ。
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