第232話 食事情
とりあえず
「事情を話す時はちゃんと来るから、今のあなたは身体の疲れをとるためにも、しっかりこの夕食を食べることが大事!」
「……そうなのかな」
静は完全に納得できたようでもないのだが、これ以上食い下がることもしなかった。
とりあえず今焦っても仕方ないことは理解できたようだ。
「さあ、美味しいうちに食べようよ!」
雨妹は改めて静をそう促すと、自分の器を手にとる。
匙で小豆の粥を掬ってパクリと食べると、小豆の香りが鼻に抜けて、ちょっと冷めてしまったけれど、それでもすごく美味しい。
「ん、やっぱり美味しい!
ほらほら、食べなって」
雨妹に急かされ、静は恐る恐るという様子で器を手に持つと匙を握り、粥をひと掬いして口に運ぶ。
「……まだ温かい」
食べて最初の一言は、それだった。
粥は出来立てよりも冷めてしまったが、それでも静にとっては温かい食事だったようだ。
温かいうちに食べてもらおうと思って急いで持ってきた、雨妹の頑張りが静に通じたようで、なんだか嬉しい。
――旅の間だと、温かい食事なんて食べられないものね。
雨妹は自身の辺境からの旅路を思い出す。
野宿だと火を扱うのも一苦労なため、水と干し物で済ませることがほとんどだ。
山を下りて平地に出れば街道が整備されて、寝泊まりできる里がちゃんとあるのだが、お金がなければそれも無意味で、結局野宿である。
どこぞの家の軒下で雨を防げる程度の恩恵には与れるだろう。
雨妹は幸いにしてちゃんとした引率者がいたので、街道の里でそういう目にはあわなかったが、そうした光景は度々見て来た。
その上、静の旅の保護者は異国人のダジャである。
彼が旅のアレコレを整えるのに、どれだけのことができただろう?
雨妹がそんな疑念を抱いていると。
「それに、干し芋と薄い粟粥以外のものを、久しぶりに食べている気がする」
静からすごく可哀想な事情が漏れ聞こえて、雨妹は涙ぐみそうになった。
――やっぱり、そうなるよね!? ダジャさんがご飯を手に入れるなんて難しいよね!
「お代わりが欲しいなら、貰ってくるからね!?」
「いや、そんなに入らない。
っていうか、これは多すぎ」
雨妹がぐっと前のめりに言うのに、しかし静が拒否してくる。
その上別段大盛になっているわけでもない粥を、多すぎるなどと言うとは、やはり静は粗食が続いたせいで胃が小さくなっているのかもしれない。
それなら、徐々に食事量を増やしていきたいところだ。
彼女は今成長期なのだから。
なにはともあれ、静はそれからしばらく黙って粥を食べていたのだが、食べ終えて器を卓に置くと雨妹を見る。
「えっと、
静がなんと呼べばいいのかと悩むようにして、雨妹にそう呼び掛けてきた。これは名前を知らない相手に「そこのお姉さん」と呼ぶようなものだ。
そういえば色々あってすっかり忘れていたが、雨妹からはちゃんと名乗っていない気がする。
「私の名前は張雨妹だよ、雨妹って呼んでね」
笑みを浮かべて今更の自己紹介に、静はコクリと頷く。
「……雨妹はなんで、私に親切にしてくれるの?」
そして改めてそう問うてきたのに、雨妹は目を瞬かせる。
「親切もなにも、これは私が頼まれたお仕事なんだよ?」
雨妹は新入り宮女という仮の身分の静の世話係であり、完全なる善意のみでの行為ではない。
だから親切云々というのは、少し違うと思うのだが。
そんな雨妹の意見に、しかし静は首を横に振る。
「あの饅頭の店の前で雨妹が私のことに構わなかったら、たぶんあの将軍さんは私たちのことをそんなに気にかけなかったと思う」
意外なことを言われ、雨妹は「ほう!」と思わず声を漏らす。
――この娘、なかなか人を見ているんだなぁ。
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