第214話 怪しい

「言われてみりゃあ、そう見えてくるか?」


女の子ではないか? という雨妹の言葉を聞いた李将軍が、そう言って首を捻る。

 たとえ静の身長がちょっと小柄な成人男性と同じくらいだとしても、子どもと大人ではそもそも骨格が違うし、声だってそうだ。

 同じ高めの声でも、大人と子どもでは響きが違うものである。

 それがさらに女の子となると、また違いが大きくなる。

 静に大きめの服を着せて喉元を隠し、成人男性の証である頭巾を被せてごまかしているが、見る人が見ればわかるだろう。


「旅での危険を避けるために女を男に見せるのはあるでしょうけど、いくら背が高くても子どもを大人に見せるのは、また別の理由があるのではないか? と考えたんです」


雨妹が自分の意見の根拠をそう述べると、静が顔を強張らせ、ダジャが警戒するように構えている。


「なるほど、ズバリと当てちまったみてぇだな」


二人の様子に、李将軍が頭をかく。

 これまで静は旅の間、自分が女の子だと露見したことがなかったのかもしれない。

 旅暮らしで人との接触を極力減らせば、誰かと密に接することはそうそうなく、そんな中ではじっくり観察されることもないだろうし、静が女の子だと露見しなかったのだろう。

 今回は単に、雨妹が人間の体格の違いに詳しかったというだけである。

 ところでこの二人がなにか犯罪を起こしたわけではなく、饅頭泥棒も未遂で済んだことだし、ここで彼らと別れても問題はないのだ。

 けれど都に慣れない、しかも片方が異国人の二人と「それじゃあ、都見物を楽しんでね!」と送り出して、後々揉め事を起こさないだろうか? 都人たちは、異国人にそう慣れているわけではないのだから。

 この国の移動手段が陸ならば徒歩か馬車か、海ならば船かなので、異国人が都に流入するのは稀なのだ。

 李将軍も、雨妹と同じように考えたのだろう。


「二人とも、そう気を逆立てるもんじゃない。

 お前さんらが犯罪をやらかしに来たんでもなければ、こっちはなんにもしないさ。

 ただ、都に不慣れならば困りごとでもないかと思っただけだ」


このままだと逃げそうな二人を引き留めるように、そう声をかけた。


「それに、十分に注目を浴びていますし、とりあえず場所を移動しませんか?」


雨妹も周囲を示してそう告げると、二人組はやっと自分たちが注目の的であることに気付いたらしい。


 ――あれだな、このダジャさんってこの国だと目立つのが当たり前なんで、「目立つ」の次元が私たちと違うのかも。


 雨妹がそんな風に思いつつ成り行きを見守っていると、二人は話し合いを始めた。


「ねえ、二人について行ってみようよ」


「だが、怪しい!」


「宿くらい紹介してくれるかもしれないじゃない。

 私、いい加減にちゃんとした寝所で寝たい!」


「む……」


話し合いは、身振り手振りで説得を試みている静が押しているようである。


 ――確かにダジャさんみたいな異国人は、普通の宿だとお断りされるかもね。


 これが大きな取引のために異国から都入りして、誰か偉い人の紹介状を持っているならばともかく、ふらりと現れた流れの異国人だと恐れられるだろう。

 見慣れないというのが恐怖を呼ぶのは、別に田舎特有のことではない。

 静の言い方だと、これまでの旅でもそんな宿でのお断りが続いていたのかもしれない。

 というわけで二人の話し合いの結果。


「とりあえず、アンタらについていくよ!」


静がそう言ってきた通り、とりあえずこの場から移動することと、今後についてのことを李に相談してみるという話になったようだ。


「よしよし、まずは話ができる場所へ行くぞ」


そう話す李将軍によって、人目を避けての話し合いの場所に選ばれたのは。


「ウチは、便利な屋敷じゃあないんですがねぇ」


出戻った雨妹たちを出迎えた、明の屋敷であった。

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