第215話 出戻った
「今度は一体なんのお話で? 面倒ごとではないでしょうね?」
「まあまあ、部屋を貸してもらいたいだけだ」
明が嫌そうな顔をするのに、李将軍が笑いかけてそう告げる。
「ウチは部屋貸し屋じゃあないんですがね」
便利に扱われていることに不満を述べる明だったが、李将軍はその肩をバンバンと叩く。
「いいじゃねぇか。
お前さん、独り身なのに部屋数だけは有り余っているんだから」
李将軍がそんなことを言うのに、明が苦々しい顔をする。
「……頂いた屋敷ゆえ、仕方ないでしょうが」
貰い物に文句は言わないという明は、なんだかんだで追い返さないお人よしである。
ちなみにこの明は、春節明けから近衛に復帰している。
まだ多少痛風が痛むようだが、以前ほどの激痛ではないらしく、激しい戦闘でもしない限り働けるだろうと医者のお墨付きが出たらしい。
「で? 今度は誰を拾ったんで?
そちらさんは、人を拾うのがよくよく好きだと見える」
明は李将軍に話しかけつつ、雨妹をあてこするようなことを言う。
がしかし、実は先ほどからずっと雨妹の方を見ようとしない。
この前に許を訪ねた際もそうだった。
――困っているなぁ、明様ってば。
おそらくは先だってようやく雨妹が名乗ったことで何者なのかを理解して、今更どういう態度をとるべきかわからないのだろう。
せいぜい迷って困ればいいのである。
明がどうやらそこそこいい人なようで、多少見直すべき個所もあったことは確かだが、それと幼子の雨妹を放置して忘れていたことを水に流すということとは、話が別なのである。
ともあれ、雨妹はニコリと笑って明に言う。
「それなら、明様も拾われたうちの一人ですね。
とってもお酒臭くて、楊おばさんの頼みがなければ拾わなかったかもしれませんけど」
「そりゃあ、いや、むぐぅ……」
明は雨妹になにか言い返そうとして、しかし直ぐにハッとした顔をして言葉を飲み込む。
明との会話は、ずっとこんな調子だったりする。
そんな明を雨妹が観察していると、李将軍に軽く小突かれた。
「こら、明で遊ぶな。
とにかく部屋を貸してくれんか?」
李将軍が雨妹に注意して、明にそう頼む。
「……まあ、いいですけど」
こうして結局、明は雨妹たちを屋敷に上げてくれた。
それにしても、玄関先で最初に顔を出したのが家人のあの老女ではないし、屋敷の中も静かなものだ。
先程訪ねた時には、許が練習する琵琶の音が響いていたのに。
「今は屋敷が寂しいな」
雨妹と同じ疑問を李将軍も抱いていたらしく、明に尋ねた。
「ああ、許と朱は二人で店を開くための物件を見物に出かけまして、留守ですよ。
家人は、いい天気なので昼寝中です」
なるほど、だから琵琶の音が聞こえず、あの老女ではなく明が自ら玄関の様子を伺いに来たというわけか、と雨妹は答えを聞いて納得する。
そして相変わらず、あの老女に頭が上がらない主である。
それにしても人が少ないというのは、訳ありそうな人物から話を聞くにはちょうどいいと言えるかもしれない。
こうして明によって案内された部屋は、許たちが滞在している部屋とは離れた場所だった。
「……」
家主の明は同席するかと思いきや、李将軍と目を合わせて頷くと、「茶は出んぞ」と言い残して戸を閉めていった。
部屋に入ったものの、どうすればいいのか戸惑って立ったままの静とダジャをよそに、李将軍が部屋の奥にドカリと座った。
雨妹もその隣に腰を下ろすと、二人もそれぞれに座り出す。
「で? お前さんたちは都へなにをしに来たんだ?」
全員が腰を落ち着けたところで李将軍が改めて問う。
これにダジャは大きく息を吐いてから、告げた。
「ここへ、目的ある、来た」
「ほう、目的とは、商売かなにかかな?」
ダジャの言葉に、李将軍がまずあり得そうな方面の理由で探っている。
しかし、ダジャはこれに答えず。
「静」
静の方を見て、促すような顔をした。
「え、あ、うん!」
それまでも緊張した面持ちだった静だが、意見を求められてピン! と背筋を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます