第201話 時を経た二人

「婿入り先の商家で金策が必要になってしまったので、そんな時に自分は苑州えんしゅうの外れでは高額で兵士を募集しているという話を耳にして、少しでも助けになればとその話に乗りました」


「それから記憶を失うまで、ずっと国境にいたのか?」


「そうです」


ドゥヂゥがそう問答する。

 朱の話は、徐から聞いた話と一致する。

 どうやら朱仁ヂゥ・レンの名前を騙った別人という線も薄そうだ、と雨妹ユイメイは一人頷く。

 けど、そうであればもっと早く、シュとこの朱を出会わせることができればよかったのかもしれない。

 しかしそれには時期が悪かった。

 徐は自由に百花宮から出入りできない身であるし、なにもかもに投げやりになっていたことに加えて、事件の関係者という立場になってしまった。

 ゆえに可能性が浮上した時には、こっそりお忍びで連れ出すことが困難な人物だったのだ。

 それに期待を持たせた挙句に恋人と違った場合を考えると、下手なことは言えない。

 それらのことを鑑みての、この舞台であったのだ。

 色々とややこしいことがあったが、今回の出来事で一番大事な真実が判明したことに、雨妹は飛び上がって喜びたくなった。


 ――徐さん、あなたの恋人は生きていたよ!


 雨妹は廟の方へ視線をやり、悲壮ともいえる覚悟で琵琶を弾いている徐を思う。

 杜も同様に、廟の方を気にするような仕草をする。


「では、何故記憶を失うこととなった?

 そしてどういう理由で都を目指したのか……を聞きたいところだが、この話は後で聞くとしよう。

 それよりも、そろそろ徐子の演奏が終わる頃合いだろう」


こう告げた杜は朱への取り調べを打ち切った。


 ――音楽を聴きなれた人には、演奏が終わるっぽいのがわかるのかぁ。


 それはなんという音楽上級者ぶりであろうかと、雨妹は自然と杜を見る視線に羨ましい気持ちが込もってしまう。

 

 やがて琵琶の音が止み、観衆たちの盛大な拍手が聞こえてくる。

 その拍手がいつまでも止まない中で、廟の方から誰かがこちらへ早歩きでやってきた。

 よくよく見れば、あれは立勇リーヨンである。

 立勇は雨妹たちの前で立ち止まると、朱を見た。


「素晴らしい琵琶の演奏を捧げてくれた琵琶師に、花を捧げたいという者はそちらか」

「え、あ? あの時のお方? は?」


立勇にこう告げられた朱は、一体なんの話をされているのかと目を白黒させる。


「おお、そうだそうだ、ずっと出番を待っておったところよ」


そこへ、朱に代わって杜がそう返事をしてしまう。

 立勇はその杜を見て目の端をピクピクさせているようだが、口に出してはなにも言わずにフイっと目を反らす。


 ――ツッコんだら負けですよ、立勇様! この人は謎の宦官の人なんです!


 雨妹が内心で声援を送っていると、立勇は朱に白い菊の花を一輪差し出す。


「その花を琵琶師に渡すのが、そなたの役目だ。行くぞ」


「え、あの、その」


朱はまだ事態が飲み込めていないようだが、立勇はその手を掴むと白菊を握らせ、そのまま強引に連れていく。

 雨妹は杜と二人で頷き合うと、立勇たちの後を追う。

 もちろん、最後まできっちりと見届けるためである。

 ここまできたら詳細をしっかりと確認しないと、後宮ウォッチャーの名がすたるというものだ。

 一方の廟の前では、いまだに徐の琵琶への賞賛の拍手が鳴りやんでいなかった。

 なにしろ近衛であれども、皇帝の宴席に呼ばれるような立場でなければ聴く機会などない、皇帝お気に入りという噂の琵琶師である。

 彼らが興奮するのも無理はない。

 その拍手の中、朱が立勇に背中を押されて琵琶師の元へと近付いていく。

 そしてその後ろを雨妹たちが歩いているのだが、一同の最前列まで来たところで、立勇たちが立ち止まった。

 朱の前には太子と、さらにその先に琵琶を弾き終えた姿勢のまま俯いている徐がいるのみだ。


「あの琵琶師が誰なのか、そなたにわかるか?」


立勇のこの言葉が、果たして朱は聞こえていたのか。


「……やはり、見間違いではなかった、あの人こそ私のがく仙女」


朱は涙をとめどなく流しながら、感情が高ぶって立っていられなくなったのか、その場に跪く。

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