第108話 酒飲みの病気
というわけで、雨妹は背後に避難している立勇に声をかける。
「立勇様、見難いので明様の体勢を仰向けにしてもらえますか?」
「いいだろう」
再び近付いてきた立勇に明を仰向けにしてもらうと、そのまま動かないように持っていてもらう。
そして雨妹はその身体をあちらこちら触り、ついでに衣服を捲ったりして老女に仰天されるのを立勇に宥めてもらいながら、一つ一つ確認していく。
「なるほど、だいたいわかりました」
雨妹は明の身体を解放して、息を吐く。
これほどにあちらこちら触り、しかもだいぶ手足を動かしたにもかかわらず、起きない明はある意味凄いというか、なんというか。
それはともかくとして。
「明様にはお手本みたいな症状が出ているので、後世のために絵に描き取って残しておきたいくらいですね」
「なにかわかったのか?」
色々調べた結果にいっそ感心している雨妹に、立勇が尋ねてくる。
その隣で何事がなされているのかさっぱり分からないという様子な老女もいて、彼らに説明するべく、雨妹は口を開く。
「はい、先に結論を言うと、明様は痛風ですね」
「「ツウフウ?」」
初耳という様子の立勇と老女に、雨妹は語る。
「これは風が吹いた程度の刺激でも猛烈に痛むことから、痛風と呼ばれている病です」
雨妹が明の身体を調べて気になったのは、酷く酒臭いのももちろんなのだが、まずは足で、こちらがだいぶ腫れているのが見て取れる。
そして手首と、関節と、耳にも少々の腫れが見られた。この手足や関節などの腫れこそ、痛風の特徴なのだ。
「痛風の痛みは発作的に生じるのですが、しばらくすると治まるのです。
この痛んで治ってを繰り返すうちに徐々に悪化し、他の臓器にまで影響が及びます」
この雨妹の説明を聞いて、老女が「そう言えば」と呟く。
「旦那様はなんの前触れもなく唐突に雄たけびを上げることがあります。
他の家人が『なにかに憑りつかれたのではないか』と怯え、暇を申し出る者もちらほらと出ておりまして」
「それは、まさに痛風患者ですね。
病名通り、風が当たって痛かったのでしょう」
なんとも教科書通りな症状であるらしい明である。
これは本当に絵を描いて、陳と症状を一つ一つ検証して書き取れば、後世の役に立つ気がする。
なにせ、奇病としか情報がなかったのだから、尿酸という成分の存在など知る由もないだろう。
前世でも痛風の病は古代からあったものの、原因が解明されたのは近代になってからなのだ。
雨妹がそのような野望を抱いていると、立勇が恐る恐る聞いてくる。
「その、痛風とやらの原因はなんなのだ?
もしや……」
「立勇様のご想像通り、明様の場合はお酒の飲み過ぎですね」
立勇の懸念に、雨妹はズバリと答える。
厳密に言えば、痛風の原因は尿酸であり、尿酸は食事が体内で栄養になっていく過程で生み出される。
だがその尿酸を大量に作るのが酒だ。
つまり、酒飲みに多い病気なのである。
「背中を軽く押したら苦しがりましたので、腎臓――尿を作る臓器に結石ができている可能性がありますね。
もしやあまりお小水を出せていないのではないですか?」
尿酸が腎臓に溜まれば、腎機能が低下して排泄に支障が出るし、結石ができればそれが出来た部位が激しい痛みに見舞われる。
明がこの状態である可能性は高いだろう。
「その状態を放っておくと、いずれお小水の通り道にも結石ができて、催す度に地獄の苦しみを味わうこととなります。
もしや、既にそうなっているかもしれませんがね」
「……そうなのか?」
説明を聞いた立勇がその様を想像したのか、顔を強張らせているのに、雨妹は重々しく頷く。
「痛風になりがちなのは、酒飲みや大食漢ですね。
なにごとも程々が良いということです」
「まさか、噂の奇病がそのようなものであったとは」
立勇が「やれやれ」といった風であるが、話はまだ終わらない。
「さらに言うなら、明様の身体が強烈に酒臭いのも、また別の病気の可能性がありますね」
「酒臭いのも病気なのか?」
新たな病が語られ、立勇が「まだあるのか」と言う顔になるのにも、これまた雨妹は頷く。
「病気なのです。
健康ならば、こうまで酒臭くはならないのですから」
酒の飲み過ぎは肝臓機能低下を引き起こす。
肝臓の働きが悪くなると、酒を体内で処理できなくなり、結果酒の成分が汗としてそのまま出てしまうことになる。
だから酒臭いのだ。
そしてこれは身体の内から出ている臭いであるので、沐浴しても消えない。
ここまでの話を聞いて、顔を青くしている老女が、雨妹に尋ねる。
「あの、旦那様は重症なのですか?」
「そうですね、重症の類ですけど、治るものでもあります」
雨妹はそう答えた。あえて言えば、肝臓がどれほど悪くなっているのか気になるが、しかしまだ最悪な様子ではないと思われる。
「そうですか!」
老女がホッとした顔をした。
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