第109話 夕飯は⁉
けれど、肝心の本人への説明が最も重要である。
そして当人は飲んだくれた挙句に爆睡中で、起きる気配は全くない。
「あの、旦那様はこれからどうしたらよいのでしょうか?」
なので代わりに老女が尋ねる。
「まずなによりもしてもらわなくてはならないのは、お酒を飲まないことなんですけどねぇ……」
「それは無理じゃないか? この様子だと」
隣の立勇が、雨妹の懸念をズバッと断じた。
「そうですね、旦那様は私が注意しても聞く耳を持たないお人です」
老女も困った風にホウ、と息を吐く。
こうも全員に無理だと思われるとは、明が筋金入りということか。
いや、元々は酒は好んでいなかったという話であったか。
――飲み方が酷いみたいだし、依存症なのかな?
そうした人は大抵心因性の原因があるものなのだが、この明の場合はどうだろうか?
老女はなにかしらの心当たりがあるような口ぶりであったけれど。
それは後で楊にでも聞いてみるとして、今日のところは雨妹にこれ以上できることはない。
「この方はもうこのまま寝ているでしょうし、今日は帰りますか?」
「それがいいだろう。
こちらもあまり遅くなるのは拙い」
雨妹の提案に、立勇も頷く。
明を飲み屋で発見したのが遅い時間だったため、現在はもうとっくに空が暗くなっている。
――はっ!? ということは!
雨妹は大事なことに気付いてしまった。
「私の夕飯は⁉
もしかして食べ損ねちゃったの⁉」
雨妹の唐突な大声に、老女が驚き、立勇がやれやれと呆れ顔をする。
「何かと思えば、そんな話か」
「そんな話とはなんですか!」
軽く流す立勇に、雨妹は唾を飛ばさんばかりに文句を言う。
雨妹は一日を食事のために生きていると言っても過言ではないのである。
その食事の貴重な一回である夕食が食べられないというのは、大問題ではないか。
――このまま、ハラヘリのまま朝まで待たなければならないなんて!
これだったら、外城にいた時になにか買い食いするのだった。
あの時は楊の用事を先に済ませようと思って、寄り道をすまいと思っていたのだ。
まさかそれがあだになるとは……。
雨妹が絶望の余り壁に両手をついてたそがれていると、立勇が「大仰なやつめ」と呟く。
「これから食えばいいだろうに。
けど確かに、宮女の台所は仕舞いが早いか、ならば今頃行ってもなにも残ってないだろうな。
かといって食事のために再び外城へ出るのも面倒だ。
では近衛の方に寄っていくか?
あちらならばなにかしらあるぞ」
立勇が意外な提案をした。
「近衛の台所……食堂って、どこですか?」
「外廷の端だな。
近衛の使う建物の一角だ。
ここからだとそう遠回りではない」
「そこ、私みたいなのが行っても平気ですか?」
「特に出入り禁止の規則はないな」
近衛の食堂は案外近く、雨妹が行ってもいいらしい。
そうなると、雨妹は近衛の食堂というものに俄然興味がでてきた。
どういう献立があるのか?
確かこの国は女の近衛はいなかったはずで、故に宮女の食堂と違って全てが男飯なのだろうか?
ちなみに近衛の女人禁制は別段男女差別というものではなく、近衛という皇帝や太子に近しい立場に女がいたら、そこから男女の仲になられては困るという後宮からの物言いのためだと聞く。
今はその話はいいとして。
「近衛の食堂に行ってみたいです!」
絶望から一転してワクワク顔で手を挙げる雨妹に、立勇が「変わり身の早い奴め」と苦笑する。
「では外廷へ行くぞ、邪魔をしたな」
「お邪魔しました!」
そうと決まれば即行動、雨妹たちは明の屋敷をお暇することにした。
「いいえ、こちらこそ旦那様を送り届けていただき、ありがとうございました」
二人の賑やかなやり取りに老女は目を白黒させていたようだが、表まで出て見送りをしてくれる。
そうして雨妹と立勇の姿が見えなくなった老女は、一人首を傾げる。
「そう言えばあの娘の方、どこかで見たような気がするねぇ?
はて、でもいつのことだったか……」
老女のそんな呟きを、雨妹が知る由もなかった。
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