第106話 いざ、内城へ!

ミンを背負って歩く立勇リーヨンであったが。

ずり落ちそうになる明を何度目か背負い直した立勇が、しかめっ面になる。


「……酒臭い」


そう漏らす立勇に、雨妹も苦笑する。


「そうですね、体臭がもうお酒の臭いですものね」


こう話す雨妹はというと、距離を取って酒臭さがやってこない場所まで逃れており、立勇から恨めしそうに見られた。

 それはともかくとして。

 繰り返すが、一般的に飲まれている酒とはほぼ水だ。

 なのでよほど酒を受け付けない体質でもないと、ここまで酔っ払ったりせず、酒の臭いが体臭になるなんてこともない。

 度数の高い質の良い酒をこんなになるまで飲めるとは、よほどの金持ちである。


 ――まあ、近衛の偉いさんだから金持ちなんだろうけどね。


 その明を背負った立勇と、雨妹は適度な距離を保ちつつ、外城から内城へ入るための門を通る。

 しかし内城へ出た際に通った門ではなく、その東側に位置する酒などの物資を運ぶための門であった。

 何故こちらなのかというと、単純に近いからだ。

 それにしても酒を運ぶ門から酒臭い酔っ払いを運び入れるとは、妙に面白くて笑いがこみ上げてくる。

 雨妹が一人笑いを堪えていると、立勇が近衛である証を見せ、雨妹は宮女のお仕着せで特に調べられることもなく許可された。


「どうぞ」


そしてあっさりと門を通過して、内城へと入る。

 その先で見えた景色は、例えるならば高級住宅地であった。

 道幅が広いのは、よく軒車が走るからであろう。

 余裕で軒車二台がすれ違えるほどで、その道に面した家々は、どれも庭園が整備されている邸宅である。


 ――うーん、空気がお金持ち! って感じがする!


 初めて見る内城の中に興味津々な雨妹がキョロキョロしていると。


「こちらだ、行くぞ」


立勇はそんな雨妹に構わず、さっさと歩いていく。

 おそらくは、早く酒臭さから解放されたいのだろう。

 背負っているせいで肩にきている明の顔から発せられる酒臭い呼気が、立勇の鼻を直撃しているようなので、辛いに違いない。

 いっそ荷物担ぎにしてしまえば息の酒臭さからは逃れられると思われるが、そうすると荷担ぎ抱きの弊害である「オエェップ!」現象が待っている。

 かといって横抱き運びはもっと臭う。

 それらを考えて、結果現状になっているのだろう。

 きっとあの服にも、酒の臭いが染みついていしまっていることだろう。

 そんな立勇がさすがに可哀想になった雨妹は、己の好奇心をひとまず納めて、早歩きの立勇に小走りをして付いていく。

 この歩いている間に、明についても聞いた。

 明は明永ミン・ヨンという名で、軍で大佐として活躍し、将軍たちからも名をあげられる人物であるという。

 将軍たちの覚え目出度いとなるとよほど有能なのだろうが、今は酒臭い残念な男に成り下がっている。

 仕事はどうしたのかと思って尋ねると、「お身体を悪くされて、休養中だ」とのことだ。


 ――じゃあこの人は、休養中であるにもかかわらず、飲んだくれているということか。


 なんというか、とんだ駄目大人だ。

 雨妹はさらに、ヤンからの頼まれ事である肝心な話を聞く。


「身体を悪くとは、具体的にどういうものなのですか?」


これに、立勇はチラッと背後を見てから、声を抑えて答えた。


「たまに聞くだろう?

 身体の節々が猛烈に痛み、動くこともままならないという、あの奇病だ。

 こうなったら兵として働くには難しく、だがこれまでの功績があるからな。

 たまに治るという話もあるから、それを期待して休養にて身体を癒すようにとされたのだ」


なるほど、軍は復帰を望んでいるということか。


「けど、こんな生活をしているのなら、治るものも治りませんよね」


「その上、医者にもかからないお人でな」


雨妹のツッコミに、立勇もそう言って大きく息を吐く。

 立勇曰く、近衛でも色々と世話を焼こうとしたが、本人が頑固に受け入れずに現在に至るのだそうだ。


 ――ふぅむ、状況はわかった。


 楊が心配するわけだ、と雨妹は一人頷く。

 普段仕事以外の事を言ってきたりしない楊が、珍しく頼んできたので興味が出て引き受けたのだけれど、これは余計なお節介をしたくなるだろう。

 そんな話をしていると、やがて一軒の屋敷にたどり着いた。

 他と比べても立派な部類の屋敷であった。

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