第104話 宮城の外へ
乾清門とは後宮のある内廷と、様々な式典や朝議などが行われる外廷との境の門である。
後宮勤めの宮女がこの門を越えることは滅多にないもので。仮に遣いで外に出ることがあるとしても、宮城の正門へと通じているこの門を通ることなどなく、出入りに使うのは大抵裏口だ。
雨妹たちが後宮へやって来た時も、通ったのは東側の裏口であった。
唯一こちらを通った例外が、先だって太子と出かける際に通った、あの一度切りだ。
その乾清門にやって来ると。
「ここでしばし待て」
立彬はそう言うと雨妹を門に留めおいて、自身は外廷側の門近くにある、物置のような建物の中に入っていく。
そして素直に待つことしばし。
「待たせた」
そう言って物置から出てきた彼は、宦官姿ではなく、武人風の格好になっていた。
――ええーっと?
「
雨妹がこれはなんと呼びかけるべきかと迷った末、そちらの名を呼ぶと。
「その通り、察しが良くて助かる」
立勇が頷き、そのままさっさと歩き出す。
「……なるほど」
――ここが変身する場所ってわけね。
物置であれば、宦官が入っても兵が入ってもおかしくはない。
ひょっとして中は、他の人が入れない隠し部屋になっている所があるのだろうか?
そんな風に思いながら雨妹は立勇の後を追って、乾清門を外廷側へと足を向ける。
それにしてもあちらの格好に着替えたということは、向かう先は近衛である立勇の方が縁のある場所であるのだろう。
「誰に会いに行くのですか?」
そう会いに行く相手について尋ねる雨妹に、立勇が眉を上げた。
「知らんのか?」
「はい、楊おばさんからは詳しく聞いていません。
ただ、昔馴染みだと言っていただけで」
聞かされた情報を正直に述べると、立勇が難しい顔になる。
「他を憚ったのだろうな、無理もない」
そう零して、「はぁ~」と息を吐く。
――なにか事情のある相手なのかな?
まあ、事情持ちでなければ、医者でもない雨妹に話をもちかけ、こんな二重生活をしているような男を頼るような危うい真似はしないだろうが。
いくら医者嫌いでも、無理やり縛り付けて連れていくなり、やりようはいくらでもあるのだから。
そう考える雨妹に、立勇が告げることには。
「会いに行く相手は私の上司だ」
「なら、お相手は近衛の方ですか」
雨妹が「やはり」という風に頷いていると。
「では、さっさと外城へ出るぞ」
「……外城、ですか?」
続けて立勇に言われたことに、雨妹は眼を丸くする。
外城という場所について説明する前に、まずは宮城のある敷地全体について語ろう。
ここ皇帝の住まう敷地の中心には、内廷と外廷のある宮城がある。
その周りを宮城関係者の暮らす区域が囲んであり、そこは内城と呼ばれていた。
官吏や女官などがここへ家を持ち、内廷へと通っている。
実は良い所のお坊ちゃまであるらしい立勇の実家も、おそらくは内城にあるはずだ。
そしてその内城の南側にあるのが、宮城と内城を相手に仕事をしている人々の暮らす、外城である。
ここはいわゆる城下町的な場所であり、商店や宿があったりして、敷地で最も賑やかな区域であろう。
そして雨妹は尋ねる相手が楊の知人であるなら、てっきり内城に住んでいるのかと思っていたのだが。
――いや、なにかの用事で外城に出ているのを、これからつかまえるのかもだし。
雨妹が色々な事から考えを巡らし、一体どんな人なのかという推理をしている間に、二人は外廷も出て塀に囲まれた内城内の道を進み、宮城の表玄関とも言える正陽門を越える。
ここから先が、外城なのだが。
「さて、どこの飲み屋で捕まるか……」
ここで立勇が悩むようにしばし佇む。
――はい? 飲み屋?
雨妹はこれにまたもや驚く。
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