第91話 巻き込まれ立勇
利民が海賊の討伐に成功してから、佳はさらなる活気に包まれていた。
その利民の屋敷では、戦勝祝いで宴が催されることとなり。
現在の屋敷内は大忙しだ。
なにせ今回は佳の有力者や船主などを招いての、大々的な宴だ。
前回の太子の訪れでの宴もそれなりのものだったが、あの時は太子だけをもてなせばよかった。
なので屋敷の者は宴の場だけを作り、あとは利民と潘公主の二人に丸投げで済んだのだが。
しかし今回は招く客が多数になるため、使用人は引っ込んでおくわけにはいかない。
全員が表に出て持て成しに当たる必要があるのだ。
ある者は色めき立ち、ある者は困惑する中、役立ったのが雨妹が作成した使用人の評価表である。
高評価な者を要職に、低評価な者はあまり重要ではない仕事に追いやることで、準備はそこそこ円滑に進められていた。
もちろん、閑職に追いやられた者からは批難の嵐だったが。
「うるせぇ、役立たずは要らねぇんだよ」
それを利民が一睨みして黙らせる。
文句を言う者たちは、これまで利民があまり潘公主を構っているように見えなかったため、態度が悪くても許されると思っていたに違いない。
けれどもここにきて、利民が潘公主への態度をころっと変えたため、突然はしごを外されたような気持でいることだろう。
その利民は、潘公主に素の自分を受け入れられたことで安心したようだ。
屋敷内でも船乗りの態度でいられるので、屋敷の居心地が上がったらしい。
いずれは跡取りの子を生さねばならない二人であるので、いつまでも他人行儀はよくない。
利民はようやく潘公主と家族になる気持ちになれたようで、一安心である。
ところで家族といえば。潘公主の閨教育の成果はどうだったかというと。
利民が屋敷に戻った翌日に、雨妹は潘公主から今日は休みだと言われ。
かといって戻ったばかりの立勇をわざわざ連れ出して外出するのも気が引けて、庭を散策して時間を潰していると。
「おい」
そこを通りかかった利民が回廊から呼ぶので、なんだろうかと近寄ると。
「よくやった」
ボソッとお褒めの言葉を貰ってしまい、すぐにピンときてしまった。
「それは、ようございました」
にこやかに笑みを浮かべる雨妹に、利民の方が赤面をして立ち去ってしまうが。
――ああ見えて、案外初心だとか?
けれど、こういうことでからかうのは良くない。
利民は男しかいない船にずっといて、なおかつ海賊退治という戦いの後。
そんな神経が高揚している状態でも、外で女を買わずに帰って来た。
恐らく利民なりの誠意だったのだろうが、性欲というものは誰しもが抱くもので、恥ずかしい事でもなく、我慢はむしろ良くない。
真っ当な夫婦生活をおくるようになれば、利民もきっと心に余裕ができて、落ち着きを持つようになるだろう。
そしてこれに実は、利民の船の船員たちもホッとしているそうで。
自分たちの船長が、結婚した新婚にも関わらず船に入り浸っていたら、心配しない方が難しいだろう。
屋敷に出入りする船員が、「やっと利民様がイライラしなくなった」と喜んでいた。
やはり夫婦関係のもつれが、あちらにも影響を及ぼしていたようだ。
しかし、この一連の流れを知らないのが、立勇であるのだが。
ちょうど雨妹と一緒にいた立勇がある時、潘公主から呼び止められ。
「立勇殿、雨妹にあまり無理を強いてはなりませんよ?」
そんな忠告めいたことを言われて。
「は? なんですか?」
立勇が意味不明という顔をしていた。
「あ……」
雨妹はそこでようやく、潘公主の誤解を放置したままな事に気付いた。
立勇はそんな雨妹をギロリと睨んだものの、その場ではなにも言わず、黙したままその場から離れてから。
「で? どういうことだ?」
雨妹と二人だけになったところで、怖い顔で聞かれた。
なので素直に誤解の内容と潘公主への閨教育について語ったのだが。
「……」
立勇がすごい顔で固まってしまう。
「あのー、立勇様~?」
雨妹が立勇の目の前で手を振ると、ゆっくりと動き出した。
「雨妹よ……。
色々言いたいことはあるが、まずは何故お前にそのような知識がある?」
後宮の宮女は処女であることが条件のようなものなので、立勇の疑問は最もなことだ。
「もちろん、知識だけですって。
耳年増って奴ですよ」
手をヒラヒラとしつつ告げる雨妹に、立勇がなおも追求する。
「しかも、私が無体を強いていると思われているのは何故だ?
一体なにをどう教えたのだ?」
「それは、女同士の秘密です」
雨妹は薄く笑って誤魔化した。
利民が特殊性癖である可能性を考慮して、少々濃い内容を教えたことは、黙っておいた方がいいだろう。
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