第84話 食いつきのいい潘公主

雨妹たちは胡(フー)の家から屋敷へと戻る。

 利民は仕事があるらしく、港へと向かった。

 雨妹はあらかじめ利民に相談して決めておいた部屋に、持ち帰ったエアロバイクを設置する。

 元の製品を説明するために、屋外の見える場所に三輪車も置いておく。


「潘(パン)公主、ちょっとよろしいですか?」


雨妹はお茶を飲んでいた潘公主に声をかけ、運動室となった部屋へと導く。


「効果的に運動をするために、こんなものを作ってもらいました。

 利民様が職人を紹介してくださったのです」


「まあ、利民様が?」


利民が手を貸したと聞いて、潘公主がほんのりと笑顔になる。

 手を貸すとはすなわち、利民が己に興味を示しているということなので、それが嬉しいのだろう。


 ――うんうん、人間関係ってこういう些細な事の積み重ねだよね!


 利民は自分がした行為を潘公主にわざわざ知らせることを、「恩着せがましい」と考えているのかもしれない。

 しかしそれも加減の問題で、言い過ぎるといやらしいが、全くなにも言わないのも不安を煽るのだ。

 それからエアロバイクの使い方を説明し、元となった三輪車も見せたのだが。


「まあ、まあ、珍しいですわね!

 自分で動かす車ですの?

 誰かに牽かせることなく?」


潘公主が存外、三輪車に食いついた。


 ――もしかして、新しいもの好きな性格なのかも?


 だが知らないものに拒否感が強いより、この他国からの品が流れ込む港町では生きやすい気がする。

 三輪車が走る所を見たがる潘公主に、雨妹は実演してみせる。


「まあ、まあ、まあ!

 わたくしにも動かせるのかしらっ!?」


「……訓練すれば、可能かと思われます」


若干前のめりで、子どものようにはしゃぐ潘公主に、立勇が答えている。

 その様子に、雨妹はホッとする。


 ――よし、掴みはオッケー!


 どうやら立勇よりも頭が柔らかいらしい潘公主に、続いてエアロバイクを勧める。

 ゆっくりとした速度だがグルグルと踏み板を漕ぐ潘公主を、雨妹と立勇と一緒にいるお付きの人も、真剣な表情で見守る。


「これはいいわ!」


明るい顔の潘公主に、お付きの者も頷く。


「ええ、こちらですと人目に付かず、要らぬ噂を流されずに済みますね」


 ――やっぱり、変な事を言われるのは避けられないもんね。


 本人がどれだけ前向きにやる気を出しても、周囲の視線というものはそう簡単には変わらない。

 というわけで、潘公主にはしばらくこれで体力をつけてもらうことにした、


***


立勇が雨妹と共に持ち込んだ妙な車に、潘公主が夢中になった、その日の夜。


「さて、どうしたことか……」


立勇は庭にて独り言ちていた。

 潘公主の治療というか、体力作りはある程度の結果が出ようとしている。

 あとは本人の努力あるのみであり、潘公主自身も続ける意思が強いようなので、これでお役御免となってもいい頃合いではある。

 しかし、潘公主が病んでしまった根本的原因は解決に至っていない。

 そもそもは黄家の御家騒動で、それに潘公主が巻き込まれた形である。

 それを多少なりとも楽な状況にしておかないと、また病んでしまう可能性がある。

 そうなると、果たして雨妹がどう思うか?

 雨妹は潘公主に妙に心を寄せている。

 友仁皇子の時もそうだったが、弱者が理不尽に虐げられているのが見過ごせない性格であるらしいことは、だんだんとわかってきていた。

 潘公主のことも、きちんとした生活が確保されていることを見届けないことには、すんなりと帰路には着けないかもしれない。


 ――そうなるとやはり、ある程度問題の根を枯らしておく必要があるか。


 しかし、黄家の問題に明賢のお付きである立勇が口を挟めば、主の立場が微妙になってくる。

 そんな大ごとにせず、今の自分に出来る事と言えば……。

 立勇が悩んでいると。


「ふん、悩んでいるようだな、小僧」


頭上からしわがれた男の声が降って来た。


「……!」


立勇はその声に驚いて上を見上げ、姿を見て目を見開く。


「こちらの手の者からあなた方がいると聞いてはおりましたが。

 まさか……」


ここ佳に残ったのは、表立っては立勇と雨妹のみだが、影には明賢が置いて行った大勢の護衛がいる。

 そしてその影の者たちから、自分たち以外に動いている集団がいるという報告があった。

 そしてその集団は、どうやら皇帝が遣わしたようだ、とも。

 こちらとあちらは、これまで特に接触することはせず、それぞれ独自に動いていたのだが。

 その皇帝側の者が今、接触してきた。

 それはいい、問題は――


「御大が出張っているとは、思ってもいませんでした」

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