第71話 海鮮食べ歩き

 というわけで本日、雨妹はありがたくお休みを貰って港へ繰り出している――何故か、立勇も一緒に。

 まあ、雨妹が休みで立勇に休みではないというのは、不公平だというのはわかる。

 けれど、今一緒にいるのは何故だろうか。


「私、一人でも大丈夫なんですけど?」


隣を歩く立勇を見上げた雨妹がそう言うと、ジトリとした視線が返ってきた。


「今のお前は太子殿下の使者という立場なのだ。

 後宮内と同じ気分でいると、要らぬ騒動を呼ぶ」


そしてこんな言葉が返される。


 ――まぁ、確かに。


 雨妹を攫って太子に言うことを聞かせようとする輩は、いるかもしれない。

 それは自分でも十分にわかっているのだが。

 これから海鮮料理を食べ歩きしようというのに、立勇が隣にいると気になってしまう。


「見張り付きみたいで、楽しめないんですけど」


そんな愚痴を言いつつ立勇を連れて港に向かって歩くと、やがて雨妹の鼻を、魚介の香りがくすぐる。


 ――ああ、なに食べようかなぁ……


 雨妹はとたんに浮き立つ気持ちを抑えきれず、「くふふ」と声を漏らす。

 どんな海鮮料理だって嬉しいが、やはり目指すはイカ焼きだ。


「イカがあったらいいなぁ、イッカイカ~♪」


自作の歌を奏でながら歩く雨妹を、立勇が隣から見下ろす。


「……楽しそうではないか」


立勇のそんな呟きが聞こえたが、雨妹を待っているであろう海鮮料理の前には、些細な問題である。

 こんなやり取りがあったものの。

 やがて到着した港という場所は、異世界でも雰囲気はかわらないものらしい。

 逞しい海の男たちに、彼らをうまくあしらうもっと逞しい女たち。

 そして港に並ぶ漁船に、そこから水揚げされる魚介類。

 そして、それらを調理している屋台!


 ――楽園だ、楽園がそこにある!


 目を輝かせて屋台に突撃しようとする雨妹を、しかし立勇が止める。


「むやみに人込みに突っ込もうとするな。

 いかにも余所者で、掏りの格好の的だ」


「むぅ……」


立勇の正論に雨妹は動きを止めるものの、気分はさながら「待て」を言われた犬である。

 しかし現在の雨妹の持ち物は、全て太子から与えられたものであるからして、それを掏られるのは確かに嫌だ。

 もし弁償なんてことになったら、掃除係程度の給金では絶対に払えない。


「一緒に行くので、私から離れないと約束しろ。

 どこの店が気になるのだ」


どうやら引率してくれるらしい立勇に、そう尋ねられ。


「とりあえず、端の店から攻めていきます」


雨妹はそう答える。

 どうせ一緒に歩くのなら、第二の胃袋として活用させてもらおうではないか。

 量が多い料理だったら、立勇と分け合えばいいのである。

 というわけで、宣言通り屋台が並ぶ通りの端から、海鮮料理を買っていくことにした。

 屋台で売られているものも、串焼き・網焼き・湯(タン)と種類が豊富である。

 特に人気なのは大ぶりの貝の串焼きだ。

 ピリッとした味付けで、周囲ではこの串焼きを片手にお酒を飲んでいる海の男たちがいる。

 もし雨妹が大人だったら、同じようにお酒を飲みたくなるだろう。

 他にも魚の一夜干しの網焼きも身がフワフワだったし、エビが丸ごと入った湯も絶品だ。

 珍味系ではサザエやウニなどもあった。

 そして雨妹が現在手にしているのは、サザエのつぼ焼きである。


「うーん、美味しーい!」


雨妹はホクホク顔で、サザエのつぼ焼きをモグモグしているのだが。


「……お前、よくそれを食べられるな」


そんな雨妹を、立勇が不気味なものを見る目で見る。

 恐らく彼は、あまり海に馴染みがないのだろう。


 ――確かに、この見た目が受け付けない人っているもんね。


 味も独特の苦みがあって、慣れない人には手を伸ばしにくい料理かもしれない。

 けど、慣れたら癖になるのだ。

 こんな風に雨妹はアレコレ食べつつ、もう食べられないと思ったら立勇へと横流しする。

 一応雨妹が直接齧った後のものは渡していないので、よしとしてもらいたい。

 そうして食べ歩きしつつ屋台通りを結構進んだところに、それはあった。

 店先に洗濯物みたいに吊るされ、干してあるモノ。


 ――あれは……イカだ!?


 その干してあるイカの横で、香ばしいタレをつけて焼かれているのは、まさしくイカ焼き。


「あれ、アレを食べたいです!」


「また、不気味なものを……」


キラキラした目になる雨妹の横で、立勇がしかめ面をする。


「不気味なんて、失礼な事を言わないでください!

 すっごく美味しいんですから!」


そう言い置いてズンズンと進む雨妹に、立勇も仕方なくついてくる。


「くださいな!」


「へい、まいど!」


そして屋台で無事に油紙に包まれたイカ焼きを手に入れた。

 イカ初心者の立勇のために、一口大に切り分けてもらっており、比較的小さな部分を立勇へ渡す。


 ――いただきます!


 雨妹は早速、イカ焼きにかぶりつく。


「ああ、幸せ……」


 口に広がる焼かれたイカの香ばしさと、絶妙なタレの絡み具合に、雨妹はうっとりとした顔になる。

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