第72話 思わぬ人を捕まえる
イカ焼きに夢中な雨妹の様子を見て、立勇も意を決したように己のイカ焼きを食べた。
「……不思議な食感だが、確かに美味いな」
「でしょう? 食べず嫌いはいけません」
目を見開く立勇に、雨妹はにんまりと笑う。
このイカ焼きは日本で馴染んだタレの味とはちょっと違うものの、十分満足できるものだ。
焼き立てをハフハフと食べていると。
「雨妹、口についているタレを拭け」
そんな雨妹の口元を、立勇が拭ってくる。
確かに気が付けば、口の周りがタレでベットリとなっていた。だが、イカ焼きというのはこういうものだろう。
そして拭ってもらってなんだが、絹の手巾は肌触りがいいものの、吸収が悪く、むしろ木綿の方がいいと思うのだが。
しかし同じように食べているのに、立勇の方の口元は綺麗なもの。
一体なにが違うというのか。
もしやこれが育ちの差というものなのか?
雨妹はそんなことを考えつつイカ焼きを食べ終えたところで、さらなる海鮮料理を求めて視線を巡らせる。
「あ、なにあれ!?」
また新しい海鮮料理の匂いを嗅ぎつけ、駆け出そうとしたところ。
「うわっ!?」
横手の通りから出て来た女連れの男とぶつかりそうになり、立勇に首根っこを掴まれて静止させられる。
――私、猫じゃないんだけど。
しかしおかげでぶつかって転ぶのを回避できたのだから、礼を言うべきなのだろう。
「あの、ありがとうございます」
そう言いながら立勇を見上げると、しかしあちらは雨妹を見ていない。
そして雨妹を掴んでいない方の手で、誰かを掴んでいる。
それは、雨妹とぶつかりそうになった男で、身なりの良さげな人である。
それに、どこかで見たことのあるような……
「このような場所で、なにをされているのですか、利民様?」
「あっ!?」
そう、潘公主の夫の利民であった。
立勇に捕まった利民は、戸惑っている様子である。
「……そっちこそどうして、お偉い都人がこんな港まで来ている?
普通『こんな汚い場所なんて』って嫌がるだろう」
なるほど、普通都のお偉いさんは港を嫌がると。
「そんなの、美味しい海鮮料理が食べたかったからに決まっているじゃないですか。
特にイカ焼きを探しにきました」
「私はその付き添いだ」
正直に目的を告げる雨妹たちに、利民は呆気にとられた顔になる。
「都人がイカだと? 普通怪物だって騒ぐだろう」
利民は愚痴っているが、そんな普通は知らない。
立勇だけであれば、怪物だと思ったかもしれないが。
――あれ、でも潘公主だって、利民様に頼んで港に連れて行ってもらったという話だったよね?
もしやこれも、都人としては非常識な行いだったということか。
となると、潘公主は自己肯定感が低いわりに行動力がある人である。
ともあれ、この場で話をすると通りの邪魔ということになり。
なおかつ立勇が「話をしたい」と言って引き下がらなかったため、「仕方ねぇなぁ」とぼやく利民に連れられた雨妹たちは、とある店に入った。
そこは料理店で、そこそこ客で混んでいたが。
「おう、奥の部屋使わせてもらうぜ」
「はいな、ごゆっくりぃ」
利民が店員に声をかけると、気軽な返事が返ってくる。
どうやら馴染みの店らしい。
ちなみにだが、雨妹がぶつかった際に利民と一緒にいた女だが。
揉め事の気配を察知したのか、いつの間にか姿を消していたりする。
ともあれ、勝手知ったる店である利民の後について奥にある個室に入ったところで、利民が椅子にドカリと座った。
「で? なんか文句あんのか?
佳は俺の家みたいなもんなんだから、どこにいたっておかしくないだろう?」
そう言って立勇をギロリと睨む。
――ガラ悪いな!?
屋敷で話した時と違って、乱暴な物言いであることに、雨妹が驚いていると。
「なるほど、そちらが素か」
隣の立勇は驚く様子がない。
「立勇様、冷静なんですね」
雨妹がそう告げると、立勇がチラリと視線を寄越した。
「言っただろう、黄家の男は船乗りだと。
船乗りはあのような宮城の官吏のような話し方など、まずしない」
言われてみれば確かに、海の男として考えればこちらの方が自然な気がする。
雨妹が納得したところで、自分たちも席について、早速話を聞くことにした。
「それで。そちらは屋敷へ戻らずになにをしていた?
潘公主を放っておいて」
立勇の質問に、利民が肩を竦める。
「そんなもん、俺がいない方が清々するだろうと思ったからさ。
どうせあっちだって、好きでこんなところまで来たわけじゃあないだろうからな。
俺も息苦しい生活なんざ御免だから、お互いにいいだろうってさ」
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